・・・これでそういう種類のかきたいものは書いたから小説です。スーさん[自注1]の兄さんが「第一章」をかいて、健坊の父さんとは又違った意気ごみを示して居るのも面白うございます。文章を簡明――直截にしようということをこころみていて、そのことのなかには・・・ 宮本百合子 「獄中への手紙」
・・・ 作者がこの一篇の女主人公として描き出しているスーザン・ゲイロードは、女のなかの女ともいうべき豊饒な、生活力に満ちた、彫刻の才能にめぐまれた一人の若い女性である。世界で一番いい妻になって、一番いい母になって、そして石や青銅で美しい像をつ・・・ 宮本百合子 「『この心の誇り』」
・・・両端の丸らかに刳上った幅狭の独木舟が、短かい只一本の櫂を運ぶ双手の直線的な運動につれて、スー、スーと湖面を走る様子は真個に素晴らしゅうございます。私は其の軽快な舸と人との姿を如何那に愛しますでしょう。太陽の明るみが何時か消えて、西岸に聳える・・・ 宮本百合子 「C先生への手紙」
・・・鼠色のスーとしたズボン。クラバットがわりのマッフラーを襟の間に入れてしまっている。やせぎすの浅黒い顔、きっちりとしてかりこんだ髪。つれの女の子、チェックのアンサンブル黒いハンドバッグと手袋とをその男がもってやっている。このよた、ちっとも笑顔・・・ 宮本百合子 「情景(秋)」
・・・という字をじっと見ていると、学生というものが現実その書棚のまわりにも群がって埃と膏と若さの匂いをふりまいている様々の心と体との生々しい人間たちではなくて、その本の著者の心情からスーと遠のいて自然科学的な観察の対象と化された半透明な、自発的な・・・ 宮本百合子 「生態の流行」
・・・月が――円い銀色の月が同じ速さでスーっと雲の裂け目や真黒ななかや、もっと薄い、月が白くほの見えるところなどを遊行して居るように思う。自分も一緒にすーすーと。下へすーすーゆくようなのに決して地面近くはならない。やっぱり高い高い空にある。変な、・・・ 宮本百合子 「一九二五年より一九二七年一月まで」
・・・そうだとすると、贅沢品禁止で何となく胸がスーとした感情は、そういう感情を味わったというやがて忘れられてゆく一つの経験にとどまっているだけで、多数の若い女のひとたちの生活は実質的に変ったところはないことになる。わずかに、自分のできない贅沢は、・・・ 宮本百合子 「その先の問題」
・・・一旦作品の中に登場した人物がどこかでスーと消えてはいけない。必ず結着ある退場をするように描かれなければならないし、又スーと立ち消えるような重要性のない人物がドタドタ作品の中に出て来ることはよくない、と。 これは、あらゆる時代に小説を書く・・・ 宮本百合子 「坪内先生について」
・・・ 波ともいわれない水の襞が、あちらの岸からこちらの岸へと寄せて来る毎に、まだ生え換らない葦が控え目がちにサヤサヤ……サヤサヤ……と戦ぎ、フト飛び立った鶺鴒が小波の影を追うように、スーイスーイと身を翻す。 ところどころ崩れ落ちて、水に・・・ 宮本百合子 「禰宜様宮田」
・・・髪の長い美くしい白い着物の人です。スーとそばに来ました。そしてひざまずいて白いやさしい手で頭をかるくこすって青ざめた頬にべに色の頬をよせました。 若い幸多い詩人の目はひらかれました。頬には段々紅の色がみなぎり出しました。眼にはよろこびと・・・ 宮本百合子 「無題(一)」
出典:青空文庫