・・・しかもその二階は図書室と学長室などがあって、太いズボンをつけた外山さんが、鍵をがちゃつかしながら、よく学長室に出入せられるのを見た。法文の教室は下だけで、間に合うていたのである。当時の選科生というものは、誠にみじめなものであった。無論、学校・・・ 西田幾多郎 「明治二十四、五年頃の東京文科大学選科」
・・・彼は箱についてるセメントを、ズボンの尻でこすった。 箱には何にも書いてなかった。そのくせ、頑丈に釘づけしてあった。「思わせ振りしやがらあ、釘づけなんぞにしやがって」 彼は石の上へ箱を打っ付けた。が、壊われなかったので、此の世の中・・・ 葉山嘉樹 「セメント樽の中の手紙」
・・・お前さんたちがどんなに田舎者見てえな恰好をしてたって、番頭に化けたって、腰弁に化けて居たって、第一、おめえさんなんぞ、上はアルパカだが、ズボンがいけねえよ。晒しでもねえ、木綿の官品のズボンじゃねえか。第一、今時、腰弁だって、黒の深ゴムを履き・・・ 葉山嘉樹 「乳色の靄」
・・・ そして狐が角パンを三つ持って半ズボンをはいてやって来ました。 「狐。お早う」とホモイが言いました。 狐はいやな笑いようをしながら、 「いや昨日はびっくりしましたぜ。ホモイさんのお父さんもずいぶんがんこですな。しかしどうです・・・ 宮沢賢治 「貝の火」
・・・白や茶いろや、狐の子どもらがチョッキだけを着たり半ズボンだけはいたり、たくさんたくさんこっちを見てはやしているのです。首を横にまげて笑っている子、口を尖らせてだまっている子、口をあけてそらを向いてはあはあはあはあ云う子、はねあがってはねあが・・・ 宮沢賢治 「茨海小学校」
・・・ 大河内氏の著書は、鶏小舎を改造せる作業場の中で、ズボンをつけ、作業帽をかぶりナット製作をしている村の娘たち、あるいは村の散髪屋を改造せる作業場で、シボレー自動車用ピストンリングの加工をしている縞のはんてんに腰巻姿の少女から中年の女の姿・・・ 宮本百合子 「新しい婦人の職場と任務」
・・・彼はとっさにワイシャツとズボンを脱ぎすてて叫んだ。「先生もみんなを手伝うぞ! みんなの仲間入りするぞ!」そうして、素早く雑巾を握ると、まるで夜のあけたような心で割り込んで行った。生徒たちが若い先生の主観的な亢奮ぶりにキョトンとすると、彼は「・・・ 宮本百合子 「一連の非プロレタリア的作品」
・・・暗中匕首を探ぐってぐっと横腹を突くように、栖方は腰のズボンの時計を素早く計る手つきを示して梶に云った。「しかし、それなら発表するでしょう。」「そりゃ、しませんよ。すぐ敵に分ってしまう。」「それにしても――」 二人はまた黙って・・・ 横光利一 「微笑」
・・・そこにあるのはヨーロッパの安物商品、ズボンをはいたみじめなニグロ、ヨーロッパ人に寄生するニグロの店員、などだけである。しかし前世紀の先駆者たちが、この「ヨーロッパ文明」の地帯やその背後の緩衝地帯を突き抜けて、「いまだ触れられざる地」に達した・・・ 和辻哲郎 「アフリカの文化」
・・・家庭を破壊してズボンの細きを追う人がある。雪隠に烟草を吹かし帽子の型に執着する子供を「人」たらしむべき教育は実に難中の難である、ああ、かくして虚栄は人を魔境にさそい堕落の暗礁に誘うローレライである。 人生は混沌。肉の執着といい生命虚栄の・・・ 和辻哲郎 「霊的本能主義」
出典:青空文庫