・・・あたかも私の友人の家で純粋セッター種の仔が生れたので、或る時セッター種の深い長い艶々した天鵞絨よりも美くしい毛並と、性質が怜悧で敏捷こく、勇気に富みながら平生は沈着いて鷹揚である咄をして、一匹仔犬を世話をしようかというと、苦々しい顔をして、・・・ 内田魯庵 「二葉亭余談」
・・・ それだから、ちょうどそのとき、一匹の大きなセッター種の綺麗な毛並の犬が、榛の木の並樹の土堤を、一散に走ってくるのを知らなかった。「チロルや、チロル、チロルってば……」 くさりを切らした洋装の娘が断髪を風に吹きなびかして、その犬・・・ 徳永直 「麦の芽」
・・・彼のところには一匹のセッター種の犬と妻とがある。フランス藍色の彼の服は襟がすり切れた。アフガニスタンからアマヌラハンが逃げる前 月六百留で医師を招聘して来た。残念なことに彼にはその時まだディプロマがなかった。―― 独逸の女子共産党員――・・・ 宮本百合子 「一九二九年一月――二月」
出典:青空文庫