・・・その途中で、車の前面の幌にはまったセルロイドの窓越しに見る街路の灯が、妙にぼやけた星形に見え、それが不思議に物狂わしくおどり狂うように思われたのであった。 先生からはいろいろのものを教えられた。俳句の技巧を教わったというだけではなくて、・・・ 寺田寅彦 「夏目漱石先生の追憶」
・・・ここで幌を着せられたから自分の眼界はただ方幾寸くらいのセルロイドの窓にかぎられてしまった。寝台はまた静かに持ち上げられて廊下をゆられて行った。廊下の曲り角を廻る時にはよくわかった。北の階段を下りる時には何だか少し気分が悪かった。いよいよ玄関・・・ 寺田寅彦 「病中記」
・・・たとえばセルロイドで作ったキューピーなどのてかてかした肌合や、ブリキ細工の汽車や自動車などを見てもなんだか心持ちが悪い。それでも年に一度ぐらいは自分の子供らにこんなおもちゃを奮発して買ってやらないわけではない。おもちゃその物の効果については・・・ 寺田寅彦 「丸善と三越」
・・・芝居行の靴下をはき、オカッパの上へセルロイド櫛をさした若い細君が、時々気にしては新しい藤色フランス縮緬の襟飾に手をやりながら、紺のトルストフカの亭主によりそって四辺を見まわしつつ散歩している。“905”日本女の受けとった外套防寒靴預番号・・・ 宮本百合子 「三月八日は女の日だ」
・・・ すると、紺サージの洋服をつけ、後で丸めた髪を白セルロイドの大きなお下髪止めでとめた瘠せて小柄な鈴子が、効果を意識した口調で、「だからさ、そんなことは人によって違うんですよ、私だって三十六になったけれど、そんな気は一遍も起りゃしませ・・・ 宮本百合子 「帆」
・・・池の岸に赤セルロイドのしゃぼん箱のふたがころがっていた。 池を眺めて並木路が通っている。木の根っこのこぶに腰かけて半ズボンの男の子が靴下を穿きかけている。前に両方の紐でくくりつけた靴がほうり出してある。 そばでもう一寸年の小さいのが・・・ 宮本百合子 「ロンドン一九二九年」
出典:青空文庫