・・・嫌ひな理由の第一は、妙に宿場じみ、新開地じみた町の感じや、所謂武蔵野が見えたりして、安直なセンチメンタリズムが厭なのである。さういふものゝ僕の住んでゐる田端もやはり東京の郊外である。だから、あんまり愉快ではない。・・・ 芥川竜之介 「東京に生れて」
・・・またこの革新的気分と、人生的の感激を有しないセンチメンタリズムが詩を綴っていたら詩の精神を有しないばかりでなく、常に、新生活創始に先駆たるべき文化の精神を、誤るものだということを憚らないのであります。 詩の誤解されていることも久しいけれ・・・ 小川未明 「芸術は生動す」
「黒色のほがらかさ」ともいうものの象徴が黒楽の陶器だとすると、「緑色の憂愁」のシンボルはさしむき青磁であろう。前者の豪健闊達に対して後者にはどこか女性的なセンチメンタリズムのにおいがある。それでたぶん、年じゅう胃が悪くて時々・・・ 寺田寅彦 「青磁のモンタージュ」
・・・セコンドメイトの猫入らずを防ぐと同時に、私の欺され易いセンチメンタリズムを怒鳴りつけた。 倉庫は、街路に沿うて、並んで甲羅を乾していた。 未だ、人通りは余り無かった。新聞や牛乳の配達や、船員の朝帰りが、時々、私たちと行き違った。・・・ 葉山嘉樹 「浚渫船」
・・・ 私娼の問題は、一朝一夕のセンチメンタリズムでは解決し得ない程複雑な社会的経済的根拠をもっている。子女史がもし一人の心敏き母であるならば、不自然な現代社会機構の中に成長する我が息子が、若者になった或る日、何かのはずみにこの不幸不潔な場処・・・ 宮本百合子 「昨今の話題を」
・・・ 外の国みたいに、子供のための読物、或は子供のための芝居、子供のための音楽、そういうものを大人が考えて、大人が自分のセンチメンタリズムでこね上げ、子供に当てはめて、甘いものにしたり、非常に程度の低いものにしたり、荒唐無稽のものにしたりす・・・ 宮本百合子 「ソヴェト・ロシアの素顔」
・・・人生の現実、社会の歴史の現われ方がパセティックなものにばかり焦点を見るということは、一つのセンチメンタリズムであって、芸術家の広い視野と感受性とは、その反対の寛ろぎや、平安や、歓びを芸術の美として映し出すことは当然です。でも、現実会というそ・・・ 宮本百合子 「第一回日本アンデパンダン展批評」
・・・の作家たちは、ロマンチシズム、未組織な個人的センチメンタリズム、政治的行動理論の不決定さで右や左へ揺れながら、それでもある水準に達した技術で、黎明期のプロレタリア文学活動に重大な役割をはたした。「ナップ」の作家たちは、その頃まだ技術的に・・・ 宮本百合子 「文芸時評」
・・・ 人道主義的なセンチメンタリズムを蹴たおして、仮借なく現実を踏み越えて生きようとする気組も、作品として十分の落付いた肉づけ、客観的な描破力を伴わないと、結果としては案外に単純な神経性ヒロイズムやスリルの追求に堕す危険をもつのである。・・・ 宮本百合子 「文芸時評」
・・・いずれにせよ、私は卑俗なセンチメンタリズムで松本氏が自繩自縛の偽善に陥られぬよう希望するし、私達の態度としては、こういう人生のめぐり合わせに対して思いやり深く、しかも鋭く明瞭に且つ現実的に事態を省察して、その実際の条件の内から当事者と周囲と・・・ 宮本百合子 「私も一人の女として」
出典:青空文庫