・・・という言葉は詩的に、センチメンタルに聞えるかも知れないが、民衆の利福を祈念するために、より正しい生活を人間の正義感に訴えて、地上に実現せしめんとする目的は、一片の空想的事実ではないのであります。 芸術に対しては、いろいろの見解が下される・・・ 小川未明 「自分を鞭打つ感激より」
・・・そんな豹一を見て、女は、センチメンタルなのね。肩に手を掛けた。豹一はうっとりともしなかった。間もなく退学届を出した。そして大阪の家へ帰った。三 学校をやめたと聞いて、「やめんでもええのに。しやけど、お前がやめよう思うんや・・・ 織田作之助 「雨」
・・・あれをセンチメンタルだと評する人もあるが、あの中には「運命に毀たれぬ確かなもの」を追求しようとする強い意志が貫いているのだ。 ただ私は当時物質的苦労、社会的現実というもの、つまり「世間」を知らなかったから、今の私から見て甘いことはたしか・・・ 倉田百三 「『出家とその弟子』の追憶」
・・・そんなセンチメンタルなことを書いたことがあった。 蒲団と一緒に、袷が入ってきた。 二三日して、寒くなったので着物をき換えたとき、袂に何か入っているらしいので、オヤと思って手探ぐりにすると、小さいカードのようなものが出てきた。・・・ 小林多喜二 「独房」
・・・春田が、どのような巧言を並べたてたかは、存じませぬけれど、何も、あんなにセンチメンタルな手紙を春田へ与える必要ございません。醜態です。猛省ねがいます。私、ちゃんとあなたのための八十円用意していたのに、春田などにたのんでは十円も危い。作家を困・・・ 太宰治 「虚構の春」
・・・どうにも仕様がないものだから、川へ飛びこんで泳ぎまわったりして、センチメンタルみたいじゃないか。」「傍観者は、なんとでも言えるさ。僕には、出来ない。君は、嘘つきだ。」 私は、むっとした。「じゃ、これから君は、どうするつもりなんだ・・・ 太宰治 「乞食学生」
・・・道の向う側の黒い板塀の下に一株の紫陽花が咲いていて、その花がいまでもはっきり頭に残っているところから考えると、或いは僕はそのとき柄にもなく旅愁に似たセンチメンタルな気持でいたのかも知れないね。「兵隊さん、雨に濡れてしまいますよ。」 ・・・ 太宰治 「雀」
・・・案外、センチメンタルね、先生は。しっかりなさいよ。先生はまだお若いわ。これからじゃないの。くだらん事を言っちゃいけない。僕はもう三十六です。都会の人たちと違って、田舎者の三十六と言えば、もう孫が出来ている年頃だ。からかっちゃいけませ・・・ 太宰治 「春の枯葉」
・・・あまり文章が、うまくなかったそうである。センチメンタル過ぎて、あまくて、三浦君は少し閉口したそうである。けれども、その手紙を読んで、下吉田の姉妹を、ちょっと懐しく思ったそうである。丙種で、三浦君は少からず腐っていた矢先でもあったし、気晴しに・・・ 太宰治 「律子と貞子」
・・・この自分の不幸を思うと、もう自分に幸福というものは一生ないのかと、それはセンチメンタルな気持でなく、何だかいやに明瞭にわかってきたようにこの頃感じます。 あれ、これと考え出すと私は酒を飲まずにおられなくなります。酒によって自分の文学観や・・・ 太宰治 「わが半生を語る」
出典:青空文庫