・・・思うにこの田中君のごときはすでに一種のタイプなのだから、神田本郷辺のバアやカッフェ、青年会館や音楽学校の音楽会兜屋や三会堂の展覧会などへ行くと、必ず二三人はこの連中が、傲然と俗衆を睥睨している。だからこの上明瞭な田中君の肖像が欲しければ、そ・・・ 芥川竜之介 「葱」
・・・今のところ、せっせと書けば、食うに困るというほどでもないが、没落した家を再興し、産を成すようなタイプとは、私は正反対の人間だ。今は食うに困らなくても、やがて私もまた父と同じように身を亡ぼしてしまうかも知れない。そして、それは酒のためではない・・・ 織田作之助 「中毒」
・・・それは妖婦タイプの女として、平生から彼の推賞している女だ。彼はその女と私とを突合わして、何らかの反応を検ようというつもりであったらしい。私はその天水桶へ踏みこんだ晩、どんな拍子からだったか、その女を往来へ引っぱりだして、亡者のように風々と踊・・・ 葛西善蔵 「遁走」
・・・のお政も、その附近の者の顔ではない、別のタイプの男をつれて帰って来た。 素性の知れた、ところの者同志とでなければ、昔は、一緒にはならなかった。同村の者でなければ隣村の者と。隣村の者でなければ隣々村の者と。そして、夫婦をきめるのは、自分で・・・ 黒島伝治 「浮動する地価」
・・・もっとも、いまの自由主義者というのは、タイプが少し違っているようですが、フランスの十七世紀のリベルタンってやつは、まあたいていそんなものだったのです。花川戸の助六も鼠小僧の次郎吉も、或いはそうだったのかも知れませんね。」「へええ、そんな・・・ 太宰治 「十五年間」
・・・マラルメやヴェルレエヌの関係していた La Basoche, ヴェルハアレン一派の La Jeune Belgique, そのほか La Semaine, Le Type. いずれも異国の芸苑に咲いた真紅の薔薇。むかしの若き芸術家たちが世界・・・ 太宰治 「ダス・ゲマイネ」
・・・そのころの青年でも、もう私の青年時代とは、よほど異った特色やらタイプやらを持っていたから……。『明星』にあこがれた青年、なかばロマンチックで、ファンタスチックで、そしてまだ新しい思潮には到達しない青年の群れ――その群れを描くことについては、・・・ 田山花袋 「『田舎教師』について」
・・・実際チャップリンの無声映画に現われる一つのタイプとしてのチャーリーは、あれはたしかに一つの人形であるからである。 チャップリンよりもあるいはむしろロシアのエイゼンシュテインに文楽を見せて、そうして彼の理論に立脚した文楽論を聞く事ができた・・・ 寺田寅彦 「生ける人形」
・・・アメリカふうのスター映画でさえも、画面に時々しか顔を出さないエキストラのタイプの選択いかんによって画面の効果は高調されあるいは減殺される。 背景となるべき一つの森や沼の選択に時には多くの日子と旅費を要するであろうし、一足の古靴の選定には・・・ 寺田寅彦 「映画芸術」
・・・それから、こういうロシア映画でいつもおもしろいと思うのは出場人物のタイプの豊富さであるが、これは他の欧州諸国では得られない天然の制約によるものであろう。 この監督の新しい理論に基づいて構成されたと称するこの映画は、たしかにおもしろいとこ・・・ 寺田寅彦 「映画雑感(1[#「1」はローマ数字、1-13-21])」
出典:青空文庫