・・・ ごろりとタイルの上に仰向けに寝そべっていたが、私の顔を見ると、やあ、と妙に威勢のある声とともに立ち上った。 そして、私のあとから湯槽へはいって来て、「ひょっとしたら、ここへ来やはるやろ思てました」 と、ひどく真面目な表情で・・・ 織田作之助 「秋深き」
・・・それは一方が村の人の共同湯に、一方がこの温泉の旅館の客がはいりに来る客湯になっていたためで、村の人達の湯が広く何十人もはいれるのに反して、客湯はごく狭くそのかわり白いタイルが張ってあったりした。村の人達の湯にはまた溪ぎわへ出る拱門型に刳った・・・ 梶井基次郎 「温泉」
・・・白いタイル張りのハイカラな浴場であった。 小川君と二人で、清澄なお湯にひたりながら、君んとこは、宿屋だけではないんじゃないか? と、小川君に言ってやって、私の感覚のあなどるべからざる所以を示し、以て先刻の乞食の仕返しをしてやろうかとも考・・・ 太宰治 「母」
・・・内の話に依れば、その湯村の大衆浴場は、たいへんのんびりして、浴客も農村のじいさんばあさんたちで、皮膚病に特効があるといっても、皮膚病らしい人は、ひとりも無く、家内のからだが一等きたないくらいで、浴室もタイル張で清潔であるし、お湯のぬるいのが・・・ 太宰治 「美少女」
・・・ライプツィッヒで出版されたその本には、古代ペルシアの美しいタイルの色刷りや小画の原色版がどっさり入っていた。そのミニェチュアの央に、特に色彩の見事な数枚があって、それは英雄ルスタムとその息子スーラーブの物語を描いたものだった。 ミニェチ・・・ 宮本百合子 「あとがき(『宮本百合子選集』第二巻)」
・・・ 白いタイル張りの暖炉があって、上に薬罐がのっている。爺さんがいる。薬罐から湯気が立っている。我々の眼鏡は戸をあけた時曇った。そこで、私共はハガキと角石を包んだような小包を受けとった。事務所の粗末な郵便棚を、私共は一月に三四度見にくるの・・・ 宮本百合子 「シナーニ書店のベンチ」
・・・ 配膳室には、食器棚、料理の仕上げをする位の意味で瓦斯、周囲の壁は、タイルででも張った流し。壁も天井も全部白く、出来るなら、細かい金属製ネットを張った大窓。蠅などが、成たけ入らないように、安心して食物を並べて置かれることが必要でしょう。・・・ 宮本百合子 「書斎を中心にした家」
・・・ 奥さんは幾時間でも壁だの湯殿のタイルだのをほじくって余念なかった。そこにはきっと蠅の糞の跡とか塵とか針の先ほどのものがついてい、人形に見えるのであった。引ずった粋なお召の裾や袂を水でびしゃびしゃにし、寒さでがたがた震えながら縁側じゅう・・・ 宮本百合子 「牡丹」
・・・ 正面のガラス扉をあけて入ると、受付だ。外観が清楚でおどろいたが、内部のこの清潔さはどうだ! タイルを張った受付のところでも、直ぐ見える階段でも、真白で、靴からこぼれた泥らしいものさえない。 白い布で頭を包んだ女に、自分は対外文化連絡協・・・ 宮本百合子 「モスクワ日記から」
・・・ テームズ河底のトンネルは白タイル張で煌々たる電燈に照し出された。大型遊覧自動車のエンジンの音響はトンネルじゅうの空気をゆすぶった。塵埃を捲き上げて穹窿形の天井から下ってる大電燈の光を黄色くした。鳥打帽の若い労働者が女の腕をとって、その・・・ 宮本百合子 「ロンドン一九二九年」
出典:青空文庫