・・・の資質を持った作家だと思いました。いつか詩人の加納が、君の作品をほめていたが、その時の加納の言葉がいま自分にも、いちいち首肯出来ました。「光陰」のタッチの軽快、「瘤」のペエソス、「百日紅」に於ける強烈な自己凝視など、外国十九世紀の一流品・・・ 太宰治 「風の便り」
・・・そうして所々に露出した山骨は青みがかった真珠のような明るい銀灰色の条痕を成して、それがこの山の立体的な輪郭を鋭く大胆なタッチで描出しているのである。今までにずいぶん色々な山も見て来たが、この日この時に見た焼岳のような美しく珍しい色彩をもった・・・ 寺田寅彦 「雨の上高地」
・・・ この絵には別にこれと云って手っ取り早く感心しなければならないような、一口ですぐ云ってしまわれるような趣向やタッチが、少なくも私には目に立たない。それだけ安易な心持で自然に額縁の中の世界へ這入って行けるように思う。じっと見ていると、何か・・・ 寺田寅彦 「ある日の経験」
・・・当時には珍しいボールドなタッチでかいた絵で、子供をおぶった婦人が田んぼ道を歩いている図であった。激烈な苦痛がその苦痛とはなんの関係もない同時的印象を記憶の乾板に焼き付ける放射線のように作用する、という奇妙な現象の一例かもしれない。 徴兵・・・ 寺田寅彦 「自由画稿」
・・・のようなタッチでは表現されなかった。著者は階級的な社会発展とその文学理論の要石をつよくしっかり据えようと奮闘している。 新鮮な階級的な知性と実践的な生の脈うちとで鳴っていた「敗北の文学」「過渡期の道標」の調子は、そのメロディーを失って熱・・・ 宮本百合子 「巖の花」
・・・省略され、ときには素早い現実の動きをおっかけた飛躍のあるタッチで、重吉とひろ子という一組の夫婦が、一九四五年の日本の秋から冬にかけてのめをみはるような時期に生きた錯雑がとらえられている。そこには特殊であって、また普遍性をもついくつもの課題が・・・ 宮本百合子 「解説(『風知草』)」
・・・絵を描け、強いタッチで、グレコのように、絵を描け。歌も唱え、美しきマイ、アイディールをきいて、泣くお前。静かな月光が地に揺れ、優しい魂が心を誘い 愛撫する時愛やよろこびが、手足を動かさずには置かないだろう、あこが・・・ 宮本百合子 「五月の空」
・・・なぜなら、政治は文学現象にタッチしないではいないし、国家権力の表現として出て来た告発問題に抗議して闘うことは、文学者として、最も直接に政治闘争をしているということ以外ではない。どういう形を通して来ても政治とは、権力に関する諸課題なのだから。・・・ 宮本百合子 「人間性・政治・文学(1)」
・・・に仕上げて行く最後のタッチであったような気がする。 漱石と接触していた三年の間に、漱石と二人きりで出歩いたことは、ただ一度しかない。たしか大正四年の紅葉のころで、横浜の三渓園へ文人画を見に行ったのである。 私は大正四年の夏の初め・・・ 和辻哲郎 「漱石の人物」
出典:青空文庫