・・・そして、いつかおばあさんの店を出していた場所には、知らぬ背の高い男が、ダリアを地面にたくさん並べていました。カンテラの火は、それらのダリアの花を照らしていました。中に、黒いダリアの花が咲いていました。 あや子は家へ帰ってからも、なおその・・・ 小川未明 「海ほおずき」
・・・公園の入口にはダリアが美しく咲いて森閑とした園内を園丁が掃除していた。子供の時分によく熱病をわずらって、その度に函館産の氷で頭を冷やしたことであったが、あの時のあの氷が、ここのこの泥水の壕の中から切り出されて、そうして何百里の海を越えて遠く・・・ 寺田寅彦 「札幌まで」
・・・…… 植物園では仏桑花、ベコニア、ダリア、カーネーション、それにつつじが満開であった。暑くて白シャツの胸板のうしろを汗の流れるのが気持ちが悪かった。両手を見るとまっかになって指が急に肥ったように感じられた。 ケーブルカーの車掌は何を・・・ 寺田寅彦 「旅日記から(明治四十二年)」
ねばねばした水気の多い風と、横ざまに降る居ぎたない雨がちゃんぽんに、荒れ廻って居る。 はてからはてまで、灰色な雲の閉じた空の下で、散りかかったダリアだの色のさめた紫陽花が、ざわざわ、ざわざわとゆすれて居るのを見て居ると・・・ 宮本百合子 「雨の日」
・・・直ぐ隣りが見え、そこの庭にはダリアが一杯咲いている。一太が下駄を引ずって歩くと、その辺一面散っているポプラの枯葉がカサカサ鳴った。一太は、興にのって、あっちへ行っては下駄で枯葉をかき集めて来、こっちへ来てはかきよせ、一所に集めて落葉塚を拵え・・・ 宮本百合子 「一太と母」
・・・頭のてっぺんが平べったいような、渋紙色の長面をした清浦子は、太白の羽織紐をだらりと中央に立っていたが、軈て後を向き、赤いダリアの花一輪つみとった。それを、「童女像」のように片手にもって、撮影された。 一ときのざわめきが消えた。四辺は・・・ 宮本百合子 「百花園」
・・・私共が引越して来た以前から住んでいた人で、隠居住居らしく、前栽にダリアや豌豆などを作っている。夕方まだ日があるのにポツと一つ電燈が部屋の中に点いているのなど、私の家の茶の間から樫の木の幹をすかしてよく眺められた。一人で、さっぱりした座敷の真・・・ 宮本百合子 「蓮花図」
・・・ ダリアばかり咲いた花壇の横で若いものがテニスをやっている。六つばかりの男の子が網にしがみついて見ている。飽きず見ている。二人の子をつれて先へ歩いていた親たちが道を角で立ち止ってこちらを見た。 ――ジョーン! 網目へ両手の指三本・・・ 宮本百合子 「ロンドン一九二九年」
出典:青空文庫