・・・ チン、チン、チン。 ベルを鳴らして疾走して来る電車はどれも満員だ。引け時だからたまらない。群衆をかきわけて飛び出した書類入鞄を抱え瘠せた赤髭の男が、雨外套の裾をひるがえして電車の踏段に片足かけ、必死になって ――入り給え! 入・・・ 宮本百合子 「「鎌と鎚」工場の文学研究会」
・・・にさえならぬ図々しい屁理屈をこねている日本帝国主義の三百代言松岡洋右の提灯もちなどとともに、大衆を犠牲として恐慌を切りぬけようとする支配階級帝国主義戦争強行のチンドン屋の役を相つとめている。「物価暴騰時代。損をしない心得」この記事をよん・・・ 宮本百合子 「『キング』で得をするのは誰か」
・・・それから今にアルプスの雪景のドイツ版の写真帳を送ります。チンダルの『アルプス紀行』はもうおよみになりましたか。お気に入りましたか? 私は写真で涼ましてあげたいと思うのです。この花の匂いは庭の白いくちなし。匂います? 今晩封じこめておいてあし・・・ 宮本百合子 「獄中への手紙」
・・・ チンダルのアルプス紀行は、科学と文学との関係で、寺田氏とは異った典型であると思う。チンダルは科学者の心持で終始一貫して、その科学精神の勁くリアリスティックであることから独特の美を読者に感じさせる。所謂文学的な辞句の努力や文学的感情と云・・・ 宮本百合子 「作家のみた科学者の文学的活動」
・・・ * 面白い本と云えば、羽仁五郎『ミケルアンジェロ』小倉金之助さんの、『家計の数学』山の好きな方に、チンダル『アルプスの旅より』又は『アルプスの氷河』など興味あるでしょうし、女の活動面が新しく展かれてゆく一つ・・・ 宮本百合子 「女性の生活態度」
・・・黒地に金で“Exchange. Chin Chu Riyao.”然し、ここでも硝子戸の陰に、人の姿は見えない。 五月の『文芸春秋』に、谷崎潤一郎さんが、上海見聞記を書いておられる。なかに、ホテルについて、マジェスティックが東洋第一と・・・ 宮本百合子 「長崎の印象」
・・・ 鶏も鳴かない静かな中にパチンパチンと乾いた「くるみ」のからの破れる音が澄んで響いて居る。 菊太は私を見た眼をすぐ祖母にうつして又云い続ける。「去年は草取頃に、婆様にはあ逝かれて、米と桶の銭を島の伯父家に借りさあ行って事うす・・・ 宮本百合子 「農村」
・・・ 科学者と云われるひとたちが、自身の誤った文学性で折角の科学的観察や記述の価値を混乱させている例は、ファーブルやシートンにも見られる。チンダルがアルプスの氷河をかいた作品などは、文学として素人であっても、科学的な態度の一貫した観察と記述・・・ 宮本百合子 「文学のひろがり」
・・・羨むにも似ず、何故か始終浮立ぬようにおくらし成るのに不審を打ものさえ多く、それのみか、御寵愛を重ねられる殿にさえろくろく笑顔をお作りなさるのを見上た人もないとか、鬱陶しそうにおもてなしなさるは、お側のチンも子爵様も変った事はないとお附の女中・・・ 若松賤子 「忘れ形見」
出典:青空文庫