・・・…… やがて、新モスの小ぎれ、ネル、晒し木綿などの包みを抱えて、おせいは帰ってきた。「そっくりで、これで六円いくらになりましたわ。綿入り二枚分と、胴着と襦袢……赤んぼには麻の葉の模様を着せるものだそうだから」……彼女は枕元で包みをひ・・・ 葛西善蔵 「死児を産む」
・・・君チャンハホットシテ、ネガエリヲウッテ、足ヲチヂメテ、ネルノ。ソレガマイ日ナノ。 トコロガ、君チャンノオ母ッチャハ、ナカナカスグニヘンジヲシナクナッタノ。マイバンユリオコシテイルウチニ、君チャンニハオ母ッチャノカラダガダンダンホネバッテ・・・ 小林多喜二 「テガミ」
・・・ 自分の白いネルの襟巻がよごれてねずみ色になっているのを、きたないからと言って女中にせんたくさせられたこともあったが、とにかく先生は江戸ッ子らしいなかなかのおしゃれで、服装にもいろいろの好みがあり、外出のときなどはずいぶんきちんとしてい・・・ 寺田寅彦 「夏目漱石先生の追憶」
・・・それでまずボール箱に古いネルの切れなどを入れて彼の寝床を作ってやった。それと、土を入れた菓子折りとを並べて浴室の板の間に置いた。私が寝床にはいる前にそこらの蚊帳のすそなどに寝ているたまを捜して捕えて来て浴室のこの寝床に入れてやった。何も知ら・・・ 寺田寅彦 「ねずみと猫」
・・・自分は白いネルをちょん切っただけのものを襟巻にしていた。それが知らぬ間にひどくよごれてねずみ色になっているのを先生が気にしていた。いつか行ったとき無断で没収され、そうして強制的にせんたくを執行された上で返してくれたことがあった。そのネルの襟・・・ 寺田寅彦 「俳諧瑣談」
・・・投網の錘をたたきつぶした鉛球を糸くずでたんねんに巻き固めたものを心とし鞣皮――それがなければネルやモンパ――のひょうたん形の片を二枚縫い合わせて手製のボールを造ることが流行した。横文字のトレードマークのついた本物のボールなどは学校のほかには・・・ 寺田寅彦 「野球時代」
・・・余はその下に綿入を重ねた上、フラネルの襦袢と毛織の襯衣を着ていたのだから、いくら不愉快な夕暮でも、肌に煮染んだ汗の珠がここまで浸み出そうとは思えなかった。試ろみに綿入の背中を撫で廻して貰うと、はたしてどこも湿っていなかった。余はどうして一番・・・ 夏目漱石 「三山居士」
・・・大抵は鼠色のフラネルに風呂敷の切れ端のような襟飾を結んで済ましておられた。しかもその風呂敷に似た襟飾が時々胴着の胸から抜け出して風にひらひらするのを見受けた事があった。高等学校の教授が黒いガウンを着出したのはその頃からの事であるが、先生も当・・・ 夏目漱石 「博士問題とマードック先生と余」
・・・ ファンネルの烟を追っていた火夫が、烟の先に私を見付けて、デッキから呶鳴った。「持てたよ。地獄の鬼に!」 私は呶鳴りかえした。「何て鬼だ」「船長ってえ鬼だったよ」「大笑いさすなよ。源氏名は何てんだ?」「源氏名も船・・・ 葉山嘉樹 「浚渫船」
・・・ 中腰になって部屋の角へ、外套だの、ネルの襟巻だのをポンポン落してから、長火鉢の方へよって来た栄蔵はいつもよりは明るい調子で物を云った。「まだ何ともきまらん。 けど、奥はんが大層同情して、けっとどうぞしてやるさかいに又明日来・・・ 宮本百合子 「栄蔵の死」
出典:青空文庫