お前たちが大きくなって、一人前の人間に育ち上った時、――その時までお前たちのパパは生きているかいないか、それは分らない事だが――父の書き残したものを繰拡げて見る機会があるだろうと思う。その時この小さな書き物もお前たちの眼の前に現われ出・・・ 有島武郎 「小さき者へ」
・・・けれども僕はなんだか臆病になってパパにもママにも買って下さいと願う気になれないので、毎日々々その絵具のことを心の中で思いつづけるばかりで幾日か日がたちました。 今ではいつの頃だったか覚えてはいませんが秋だったのでしょう。葡萄の実が熟して・・・ 有島武郎 「一房の葡萄」
・・・が、仏法僧のなく音覚束なし、誰に助けらるるともなく、生命生きて、浮世のうらを、古河銅山の書記になって、二年ばかり、子まで出来たが、気の毒にも、山小屋、飯場のパパは、煩ってなくなった。 お妻は石炭屑で黒くなり、枝炭のごとく、煤けた姑獲鳥の・・・ 泉鏡花 「開扉一妖帖」
・・・という動詞に敬語がつけられるのを私はうかつに今日まで知らなかったが、これもある評論家からきいたことだが、犬養健氏の文学をやめる最後の作品に、犬養氏が口の上に飯粒をつけているのを見た令嬢が「パパ、お食事がついてるわよ」という個所があるそうだが・・・ 織田作之助 「大阪の可能性」
・・・「寿子、生国魂さんへお詣りしよう」 と言った。「パパ、ほんまか」 寿子はあわててヴァイオリンをピアノの上に置くと、隣の部屋へかけ込んで、汗だらけのシュミーズの上に、よれよれの、しかし花模様のついたワンピースを着た。二・・・ 織田作之助 「道なき道」
・・・「パパ、おなかがすいた。……パン。」「どうして、こんな小さいのを雪の中へつれて来るんだ。」あとから追いこして行く者がたずねた。「誰あれも面倒を見てくれる者がないんだ。」 リープスキーは、悲しそうに顔を曲げた。「家内は?」・・・ 黒島伝治 「橇」
・・・「なぜパパは帰っていらっしゃらないの」 とその小さい子がたずねます。 これこそはそのわかいおかあさんにはいちばんつらい問いであるので、答えることができませんかった。おとうさんはおかあさんよりもっと深い悲しみを持って、今は遠い外国・・・ 著:ストリンドベリアウグスト 訳:有島武郎 「真夏の夢」
・・・彼は、役所に於いては、これまで一つも間違いをし出かさず、模範的な戸籍係りであり、また、細君にとっては模範的な亭主であり、また、老母にとっては模範的な孝行息子であり、さらに、子供たちにとっても、模範的なパパであった。彼は、酒も煙草もやらない。・・・ 太宰治 「家庭の幸福」
・・・「パパ、さっきの島は?」赤いオオヴァを着た十歳くらいの少女が、傍の紳士に尋ねている。私は、人知れず全身の注意を、その会話に集中させた。この家族は、都会の人たちらしい。私と同様に、はじめて佐渡へやって来た人たちに違いない。「佐渡ですよ・・・ 太宰治 「佐渡」
・・・ 私はパパ、ママはいけないという松田文相の小学放送の試みや、ラジオにでるにはなかなかお金がかかるんでねえと打ちかこった或る長唄の師匠の言葉などを思い出しながら、その声をきいているのであった。 聴取料が五十銭になったことは、ラジオに対・・・ 宮本百合子 「或る心持よい夕方」
出典:青空文庫