・・・ 駅のプラットホームで客引きが男に言っていた。子供のことを言っているのだな、と私は思った。「そやろか」 男は眼鏡を突きあげながら、言った。そして、売店で買物をしていた女の方に向って、「糸枝!」 と、名をよんだ。「はい・・・ 織田作之助 「秋深き」
・・・ 焼跡らしい、みすぼらしいプラットホームで、一人の若い洋装の女が、おずおずと、しかし必死に白崎のいる窓を敲いた。「窓から乗るんですか」 と、白崎は窓をあけた。「ええ」 彼はほっとしたのだった。どこの窓も、これ以上の混雑を・・・ 織田作之助 「昨日・今日・明日」
夜の八時を過ぎると駅員が帰ってしまうので、改札口は真っ暗だ。 大阪行のプラットホームにぽつんと一つ裸電燈を残したほか、すっかり灯を消してしまっている。いつもは点っている筈の向い側のホームの灯りも、なぜか消えていた。・・・ 織田作之助 「郷愁」
・・・窓から顔を出してみると、プラットホームの乗客の間に背丈の高い妻の父の羽織袴の姿が見え、紋付着た妻も、袴をつけた私の二人の娘たちも見えた。四人は前の方の車に乗った。妻の祖母と総領の嫁さんとは私たちの窓の外へ来て悔みを言った。次ぎのK駅では五里・・・ 葛西善蔵 「父の葬式」
・・・耕吉は橋を渡り、汽車に乗って、窓から顔を出していたが、やがてプラットホームの混雑も薄れてきても、小僧も巡査の姿も見えないので、「やっぱしだめなんだろう」とも思っていたが、発車間ぎわになって、小僧は前になり巡査は後から剣をがちゃがちゃさせなが・・・ 葛西善蔵 「贋物」
・・・と、醤油屋の坊っちゃんは、プラットホームに降りると、すぐ母を見つけて、こう叫びながら、奥さんのいる方へ走りよった。片隅からそれを見ていたおきのは、息子から、こうなれなれしく、呼びかけられたら、どんなに嬉しいだろうと思った。「坊っちゃんお・・・ 黒島伝治 「電報」
・・・ けれども新宿駅で私が切符を買おうとしたら、すでに嫁の姉夫婦が私たちの切符を買ってくれていたので、私にはお金が何も要らなくなった。 プラットホームで私は北さんにお金を返そうとしたら、北さんは、「はなむけ、はなむけ。」と言って手を・・・ 太宰治 「帰去来」
・・・七時五分着、急行列車がいまプラットホームにはいったばかりのところで、黒色の蟻が、押し合い、へし合い、あるいはころころころげ込むように、改札口めがけて殺到する。手にトランク。バスケットも、ちらほら見える。ああ、信玄袋というものもこの世にまだ在・・・ 太宰治 「座興に非ず」
・・・のでなく、異様な大叫喚と共に群集が改札口に殺到し、私たちはそれぞれ幼児をひとりずつ抱えているのでたちまち負けて、どうやら列車にたどり着いた時には既に満員で、窓からもどこからもはいり込むすきが無かった。プラットホームに呆然と立っているうちに、・・・ 太宰治 「十五年間」
・・・だが最後に到着し、いつものプラットホームに降りた時、始めて諸君は夢から醒め、現実の正しい方位を認識する。そして一旦それが解れば、始めに見た異常の景色や事物やは、何でもない平常通りの、見慣れた詰らない物に変ってしまう。つまり一つの同じ景色を、・・・ 萩原朔太郎 「猫町」
出典:青空文庫