・・・その次はクジマがポケットへ子ねこをねじ込んだままで、今にも焼け落ちんばかりの屋根の上の奮闘。子ねこがかくしから首と前足を出して見物しているのが愉快である。その次は火事のほうがとうとう降参して「ごめんください、クジマさん」とあやまる。クジマが・・・ 寺田寅彦 「火事教育」
・・・これは熔岩の脈やポケットをさすと見られる。この空洞の壁の墜落が地震を起こすと考える。このままの考えは近年まで残存した。重いものの墜落の衝動が地に波及するという考えも暗示されている。「地下の風」の圧力が地の傾動を起こし震動を起こすという考・・・ 寺田寅彦 「ルクレチウスと科学」
・・・どの国もどの国も陸海軍を拡げ、税関の隔てあり、兄弟どころか敵味方、右で握手して左でポケットの短銃を握る時代である。窮屈と思い馬鹿らしいと思ったら実に片時もたまらぬ時ではないか。しかしながら人類の大理想は一切の障壁を推倒して一にならなければ止・・・ 徳冨蘆花 「謀叛論(草稿)」
・・・ける訳のものじゃない処の日本の娘さんたちの、見事な――一口に云えば、ショウウインドウの内部のような散歩道を、私は一緒になって、悠然と、続きの菜っ葉服を見て貰いたいためででもあるように、頭を上げて、手をポケットで、いや、お恥しい話だ、私はブラ・・・ 葉山嘉樹 「淫賣婦」
・・・すると農場の方から花の係りの内藤先生が来たら武田先生は大へんあわててポケットへしまっておきたまえ、と云った。ぼくは変な気がしたけれども仕方なくポケットへ入れた。すると武田先生は急いで農舎の中へはいって農具だか何だか整理し出した。ぼくはいやで・・・ 宮沢賢治 「或る農学生の日誌」
・・・気がついてみると、みんな大抵ポケットに除草鎌を持ってきているのでした。岩が大へん柔らかでしたから大丈夫それで削れる見当がついていたのでした。もうあちこちで掘り出されました。私はせわしくそれをとめて、二つの足あとの間隔をはかったり、スケッチを・・・ 宮沢賢治 「イギリス海岸」
・・・ 成程これは余分なルーブルをポケットに入れている人間にとっては油断ならぬ空間的、時間的環境だ。少くともここに押しよせた連中は二十分の停車時間の間に、たった一人ののぼせた売子から箱かインク・スタンドか、或はYのようにモスクワから狙いをつけ・・・ 宮本百合子 「新しきシベリアを横切る」
・・・世にも胸のわるいのは、欧州婦人がおもちゃにする、小さな、ひよわい、骸骨に手入れの届いた鞣皮を張りつけたような Pocket dog 或は Sleeve dog だ。私は、悠々した、相当大きい、誠実で熱烈なところのある毛の厚い犬を好む。Bre・・・ 宮本百合子 「犬のはじまり」
・・・しかる後、これを後ろのポケットの中に入れた、しかる後、何物をかさがすようなふうをして地上を見まわした。そして頭を前の方に垂れて市場の方へと往ってしまった。リュウマチスのために身体をまるで二重にして。 見るがうちにかれは群集のうちに没して・・・ 著:モーパッサン ギ・ド 訳:国木田独歩 「糸くず」
・・・何か植物のことをたずねた時に、寺田さんは袖珍の植物図鑑をポケットから取り出したのである。山を歩くといろんな植物が眼につく、それでこういうものを持って歩いている、というのである。この成熟した物理学者は、ちょうど初めて自然界の現象に眼が開けて来・・・ 和辻哲郎 「寺田さんに最後に逢った時」
出典:青空文庫