・・・ 牧野はさも疲れたように、火鉢の前へ寝ころんだまま、田宮が土産に持って来たマニラの葉巻を吹かしていた。「この家だって沢山ですよ。婆やと私と二人ぎりですもの。」 お蓮は意地のきたない犬へ、残り物を当てがうのに忙しかった。「そう・・・ 芥川竜之介 「奇怪な再会」
・・・さあ、この籐の長椅子に寝ころび、この一本のマニラに火をつけ、夜もすがら気楽に警戒しよう。もし喉の渇いた時には水筒のウイスキイを傾ければ好い。幸いまだポケットにはチョコレエトの棒も残っている。 聴き給え、高い木木の梢に何か寝鳥の騒いでいる・・・ 芥川竜之介 「侏儒の言葉」
・・・西郷の銅像の後ろから黒門の前へぬけて動物園の方へ曲ると外国の水兵が人力と何か八釜しく云って直ぶみをしていたが話が纏まらなかったと見えて間もなく商品陳列所の方へ行ってしまった。マニラの帰休兵とかで茶色の制服に中折帽を冠ったのがここばかりでない・・・ 寺田寅彦 「根岸庵を訪う記」
・・・行く先はマニラだった。 船長、機関長、を初めとして、水夫長、火夫長、から、便所掃除人、石炭運び、に至るまで、彼女はその最後の活動を試みるためには、外の船と同様にそれ等の役者を、必要とするのであった。 金持の淫乱な婆さんが、特に勝れて・・・ 葉山嘉樹 「労働者の居ない船」
・・・助手はマニラロープを持って、囲いの中に飛び込んだ。豚はばたばた暴れたがとうとう囲いの隅にある、二つの鉄の環に右側の、足を二本共縛られた。「よろしい、それではこの端を、咽喉へ入れてやって呉れ。」畜産の教師は云いながら、ズックの管を助手に渡・・・ 宮沢賢治 「フランドン農学校の豚」
・・・そして友達と雑談をするとき、「小説家なんぞは物を知らない、金剛石入の指環を嵌めた金持の主人公に Manila を呑ませる」なぞと云って笑うのである。石田が偶に呑む葉巻を毛布にくるんで置くのは、火薬の保存法を応用しているのである。石田はこう云・・・ 森鴎外 「鶏」
出典:青空文庫