・・・ わたしには、メリンス絣の改良服が一つあった。その頃新小説に梶田半吉という画家のかいた絵が口絵にあって、肩の上に髪をたらした若い改良服の女がバラの花に顔をよせている絵があったりした。母は、自分のために改良服よりもっとハイカラと思われた一・・・ 宮本百合子 「菊人形」
・・・と云って膝をつきながら、笑って両手の間に小さい紫のメリンスの布をひろげて見せた。「何なの」「あなたのでしょう」「あら? 前かけね」「長持ちのお布団の間から出たんですよ」 由子は漠然と懐しささえ感じて、そのメリンスの小・・・ 宮本百合子 「毛の指環」
・・・着るものなどそうはゆかず、私が言葉に出してとがめ、赤い顔をさせなければ、うまく胡魔化したつもりで横着をきめるのかと思うと、友禅メリンスの中幅帯をちんまりお太鼓にして居る小娘の心が悲しく厭わしくなった。 食卓を離れ、椽側の籐椅子に腰かけ、・・・ 宮本百合子 「木蔭の椽」
・・・中指に赤い玉の指環がささっている。メリンスの長襦袢の袖口には白と赤とのレースがさっぱりとつけてある。―― 程たってから自分は低い声でその娘に聞いた。「つとめですか?」「ええ」「会社?」「地下鉄なんです」「……ストアで・・・ 宮本百合子 「刻々」
・・・ 今日セルとメリンス襦袢がつきました。庭の青桐や紅葉が黄葉の最中で中々きれいです。去年の秋はこんなにゆっくり秋色をながめる心のいとまがなかったけれども、今年は東の窓や西の窓をあけ、さては北側の動坂方面を眺めたりして、動坂の家に屋根をおお・・・ 宮本百合子 「獄中への手紙」
・・・ あなたに申し上げるのを忘れましたが、この間達治さんが広島へ入営したとき、私がお送りした御餞別の僅かな金で、黄色いメリンスの幟をおつくりになりました由。その手紙をお母様からいただき、私はいろいろ感服いたしました。 私の机の上に一寸想・・・ 宮本百合子 「獄中への手紙」
・・・千葉先生は毎朝の体操のときに水色メリンスのたすきをかけた。すると、級のなかに、同じようなメリンスのたすきをこしらえて、丁度千葉先生がそれを結んだように房さりと結んでかけていたひとがあった。何日か経ったら、級の担任の女先生から、生徒一同が叱ら・・・ 宮本百合子 「時代と人々」
・・・ ○下手な絵を描いて居た女、二十七八、メリンスの帯、鼻ぬけのような声 ○可愛いセルの着物、エプロン、黄色いちりめんの兵児帯の五つばかりの娘、年とった父親がつれて来て、茶店にやすみ、ゆっくりしてゆく。かえりに、白鬚のところで見ると、こ・・・ 宮本百合子 「一九二五年より一九二七年一月まで」
・・・ 丁度五年頃、千葉先生は、水色メリンスの幅のひろい襷を持って居られた。その頃は、毎朝、始業前に、運動場に集って深呼吸と、一寸した運動をすることになっていた。先生は、そのような時、その水色襷で、袂をかかげられる。 十字に綾どられた水色・・・ 宮本百合子 「弟子の心」
・・・が合わないで地頭が見えて居たとか、メリンスの着物を着ていたとか、脚絆をはかないので見っともなかったとか云って居る。祖母も私も笑ってきいて居る。こんな時には大抵祖母の歌舞伎座だの、帝劇だのの話が出る。「小屋だけ見ても結構なもので。・・・ 宮本百合子 「農村」
出典:青空文庫