・・・しかし僕のなりたかったのはナポレオンの肖像だのライオンだのを描く洋画家だった。 僕が当時買い集めた西洋名画の写真版はいまだに何枚か残っている。僕は近ごろ何かのついでにそれらの写真版に目を通した。するとそれらの一枚は、樹下に金髪の美人を立・・・ 芥川竜之介 「追憶」
・・・花王歯磨、ライオン象印、クラブ梅香散……ざっと算えた処で五十種以上に及ぶです。だが、諸君、言ったって無駄だ、どうせ買いはしまい、僕も売る気は無い、こんな処じゃ分るものは無いのだから、売りやせん、売りやせんから木製の蛇の活動を見て行きたまえ。・・・ 泉鏡花 「露肆」
・・・それから、あの新世界の通天閣の灯。ライオンハミガキの広告灯が赤になり青になり黄に変って点滅するあの南の夜空は、私の胸を悩ましく揺ぶり、私はえらくなって文子と結婚しなければならぬと、中等商業の講義録をひもとくのだったが、私の想いはすぐ講義録を・・・ 織田作之助 「アド・バルーン」
・・・ ライオンへ入って食事をする。身体を温めて麦酒を飲んだ。混合酒を作っているのを見ている。種々な酒を一つの器へ入れて蓋をして振っている。はじめは振っているがしまいには器に振られているような恰好をする。洋盃へついで果物をあしらい盆にのせる。・・・ 梶井基次郎 「泥濘」
・・・「なんだろう。」私は先刻から不審であった。「すぐ裏に、公園の動物園があるのよ。」妹が教えてくれた。「ライオンなんか、逃げ出しちゃたいへんね。」くったく無く笑っている。 君たちは、幸福だ。大勝利だ。そうして、もっと、もっと仕合せになれ・・・ 太宰治 「新樹の言葉」
・・・そこへ響いて来る歌の声が、たとえライオンのような声であっても、それはやはりその映画の犬の歌らしくしか聞かれないであろう。映画の犬は決して犬ではないからこそこういう事が可能である。 これと連関して考えられることは、人形の顔の表情のことであ・・・ 寺田寅彦 「生ける人形」
・・・の市街砲撃の場面で、石のライオンが立ち上がって哮吼するのでも、実は三か所で撮った三つの石のライオンの組み合わせに過ぎないということである。 このように静的なものの律動的配合によってさえ非常に動的な陪音を生じうるのであるから、動的なものの・・・ 寺田寅彦 「映画芸術」
・・・ 酋長のむすこがライオンに食われる場面がある。あれはどうも映画師がほとんど計画的に食わせるように思われて不愉快であった。白人にとっては黒人はおそらくゼブラや疣猪とたいしてちがったものには思われてないのではないかという気がしてならない。黄・・・ 寺田寅彦 「映画雑感(1[#「1」はローマ数字、1-13-21])」
・・・たとえば獅子やジラフやゼブラそのものの生活姿態のおもしろいことはもちろんであるが、その周囲の環境ならびにその環境との関係が意外な新しい知識と興味を呼び起こす場合がはなはだ多い。たとえばライオンと風になびく草原との取り合わせなどがそうである。・・・ 寺田寅彦 「映画時代」
・・・大概の場合はABCやライオンの民衆的なる紅茶で我慢するほかはなかった。英国人が常識的健全なのは紅茶ばかりのんでそうして原始的なるビフステキを食うせいだと論ずる人もあるが、実際プロイセンあたりのぴりぴりした神経は事によるとうまいコーヒーの産物・・・ 寺田寅彦 「コーヒー哲学序説」
出典:青空文庫