・・・やがて天満から馬場の方へそれて、日本橋の通りを阿倍野まで行き、それから阪和電車の線路伝いに美章園という駅の近くのガード下まで来ると、そこにトタンとむしろで囲ったまるでルンペン小屋のようなものがありました。男はその中へもぐりました。そこがその・・・ 織田作之助 「アド・バルーン」
・・・今宮は貧民の街であり、ルンペンの巣窟である。彼女はそれらのルンペン相手に稼ぐけちくさい売笑婦に過ぎない。ルンペンにもまたそれ相応の饗宴がある。ガード下の空地に茣蓙を敷き、ゴミ箱から漁って来た残飯を肴に泡盛や焼酎を飲んでさわぐのだが、たまたま・・・ 織田作之助 「世相」
・・・「だって、僕は宿なしだよ。ルンペンだよ」 小沢はひょいと言ったが、さすがに弱った声だった。「宿無しだよ。ルンペンだよ」 と、語呂よく、調子よく、ひょいと飛び出した言葉だが、しかしその調子の軽さにくらべて、心はぐっしょり濡れた・・・ 織田作之助 「夜光虫」
・・・ 小沢は学生時代、LUMPENという題を出されて、「RUMPEN とは合金ペンなり」 という怪しげな答案を書いたことがあるが、ルンペンの本来の意味は、ボロとか屑とかいう意味である。 つまり、宿なし、失業者、浮浪者といった意味・・・ 織田作之助 「夜光虫」
・・・資本主義時代から、飲んだくれることが労働者的であるように思いこんでいるルンペンを酒に酔わしてしまった。酒のために、困難な闘争を忘れさせた。そして、ゼーヤから掘りだしてきた砂金を代りにポケットへしのばして、また、河を渡り、国外へ持ち去った。・・・ 黒島伝治 「国境」
・・・見ると撫順にいたことのあるバクチ打ちの満洲ルンペンじやないか!「何をやっているんだね? こんなところで?」ときいてみた。「ここへ留守番に傭われているんでやすよ。一日、十円なんですからね。」 下卑た笑いをやっている。「そんじゃ・・・ 黒島伝治 「防備隊」
・・・いっそ、チンドン屋になったり、ルンペンになれば、生活経験が豊富になっていいかも知れません。が、おふくろが嫁さんの候補の写真を四枚も送ってきてますからねエ。いまは『春服』をぼくの足場にする希望もない。十月頃送った百枚位の小説はどうなっておるか・・・ 太宰治 「虚構の春」
・・・ どんづまりのどん底、おのれの誠実だけは疑わず、いたる所、生命かけての誠実ひれきし、訴えても、ただ、一路ルンペンの土管の生活にまで落ちてしまって、眼をぱちくり、三日三晩ねむらず考えてやっと判った。おのれの誠実うたがわず、主観的なる盲目の誇り・・・ 太宰治 「創生記」
・・・手くそを極めて読むに堪えないこと、東北の寒村などに生れた者には高貴優雅な詩など書けるわけは絶対に無いこと、あの顔を見よ、どだい詩人の顔でない、生活のだらしなさ、きたならしさ、卑怯未練、このような無学のルンペン詩人のうろついているうちは日本は・・・ 太宰治 「男女同権」
・・・舗道をあるくルンペンの靴音によって深更のパリの裏町のさびしさが描かれたり、林間の沼のみぎわに鳴く蛙や虫の声が悲劇のあとのしじまを記載するような例がそれである。 このような音のモンタージュは俳諧には普通である。有名な「古池やかわず飛び込む・・・ 寺田寅彦 「映画芸術」
出典:青空文庫