・・・ とたしなめる目づかいが、つい横の酒類販売店の壜に、瞳が蝶のようにちらりと映って、レッテルの桜に白い頬がほんのりする。「決して悪く云ったのじゃない。……これで地口行燈が五つ六つあってごらん。――横露地の初午じゃないか。お祭のようだと・・・ 泉鏡花 「古狢」
・・・まして私たちが実存主義作家などというレッテルを貼られるとすれば、むしろ周章狼狽するか、大袈裟なことをいうな、日本では抒情詩人の荷風でもペシミズムの冷酷な作家で通るのだから、随分大袈裟だねと苦笑せざるを得ない。だいいち、日本には実存主義哲学な・・・ 織田作之助 「可能性の文学」
・・・病人にはっきり肺病だと知らせるのを怖れて、ひそかにレッテルをとって、川那子薬をのませたという話もあった。 もって、その人気がわかる。みな、この広告のおかげ、つまりはおれの発案のおかげだったではないか。それと、もうひとつこれもおれの智慧だ・・・ 織田作之助 「勧善懲悪」
・・・体つき、身のこなしなど、いやらしく男の心をそそるようで眼つきも据っていて、気が進まなかったが、レッテルが良いので雇い入れた。べたべたと客にへばりつき、ひそひそ声の口説も何となく蝶子には気にくわなかったが、良い客が皆その女についてしまったので・・・ 織田作之助 「夫婦善哉」
・・・ 山本山と銘打った紅いレッテルの美わしさ! 彼はその刹那に、非常な珍宝にでも接した時のように、軽い眩暈すら感じたのであった。 彼は手を附けたらば、手の汗でその快よい光りが曇り、すぐにも錆が附きやしないかと恐るるかのように、そうっと注意深・・・ 葛西善蔵 「子をつれて」
・・・ 彼は、醤油樽に貼るレッテルを出して来た。それは、赤や青や、黒や金などいろ/\な色で彩色した石版五度刷りからなるぱっとしたものだった。「きれいじゃろうが。」子供が食えもしない紙を手にして失望しているのを見ると、与助は自分から景気づけ・・・ 黒島伝治 「砂糖泥棒」
・・・ 百年二百年或いは三百年前の、謂わばレッテルつきの文豪の仕事ならば、文句もなく三拝九拝し、大いに宣伝これ努めていても、君のすぐ隣にいる作家の作品を、イヒヒヒヒとしか解することが出来ないとは、折角の君の文学の勉強も、疑わしいと言うより他は・・・ 太宰治 「如是我聞」
・・・ハイカラなレッテルなど貼られ、ちゃんとした瓶でしたが、内容が濁っているのです。ウイスキイのドブロクとでも言いましょうか。 けれども私はそれを飲みました。グイグイ飲みました。そうして、応接間に集って来ていた記者たちにも、飲みませんか、と言・・・ 太宰治 「美男子と煙草」
・・・あの銀座の有名な化粧品店の、蔓バラ模様の商標は、あの人が考案したもので、それだけでは無く、あの化粧品店から売り出されている香水、石鹸、おしろいなどのレッテル意匠、それから新聞の広告も、ほとんど、あの人の図案だったのでございます。十年もまえか・・・ 太宰治 「皮膚と心」
・・・ちょうどいろいろな商品のレッテルを郭大して家の正面へはり付けたという感じである。考えようではなかなか美しいと思われるのもあるがしかしいずれにしても実に瞬間的な存在を表象するようなものばかりである。このような珍しい現象の記録をそれが消えない今・・・ 寺田寅彦 「カメラをさげて」
出典:青空文庫