・・・そうして、私は、この好色の理想を、仮りに名付けて、「ロマンチシズム」と呼んでいる。 すでに幼時より、このロマンチシズムは、芽生えていたのである。私の故郷は、奥州の山の中である。家に何か祝いごとがあると、父は、十里はなれたAという小都会か・・・ 太宰治 「デカダン抗議」
・・・私にだって、まだまだロマンチシズムは、残って在る筈だ。笠井さんは、ことし三十五歳である。けれども髪の毛も薄く、歯も欠けて、どうしても四十歳以上のひとのように見える。妻と子のために、また多少は、俗世間への見栄のために、何もわからぬながら、ただ・・・ 太宰治 「八十八夜」
・・・私は自身の、謂わば骨の髄にまで滲み込んでいるロマンチシズムを、ある程度まで、save しなければならぬ。すべて、ものの限度を、知らなければいけない。多少、凡骨に化する必要が在る。何故ならば、くるしいことには、私は六十、七十まで生きのびて、老・・・ 太宰治 「春の盗賊」
・・・一朝にして名誉恢復、万人の喝采なんて、そいつは、無智なロマンチシズムだ。昔の夢だ。須々木乙彦ほどの男でも、それができずに、死んだのだ。いまは人間、誰にもめいわくかけずに、自分ひとりを制御することだけでも、それだけでも、大事業なんだ。それだけ・・・ 太宰治 「火の鳥」
・・・私の老いたロマンチシズムが可笑しかったのかも知れません。 正門前で自動車から降りて、見ると、学校は渋柿色の木造建築で、低く、砂丘の陰に潜んでいる兵舎のようでありました。玄関傍の窓から、女の人の笑顔が三つ四つ、こちらを覗いているのに気が附・・・ 太宰治 「みみずく通信」
・・・(司馬江漢、『春波楼筆記 科学界にも京人と奥州人がある。ロマンチシズムとクラシシズムの両極の間に世界が回転する。 五「物理学はエキザクトサイエンスである。」この言葉ほどひどく誤解されてそしてそのおかげでエキザクトな物・・・ 寺田寅彦 「人の言葉――自分の言葉」
・・・もっとも文芸の方の話を詳しく云うつもりではないから、必要な説明だけに留めて、ごくざっとしたところを申しますが、近年文芸の方で浪漫主義及び自然主義すなわちロマンチシズムとナチュラリズムという二つの言葉が広く行われて参りました。そうしてこの二つ・・・ 夏目漱石 「文芸と道徳」
・・・勿論俳優の力量という制約があるが、あの大切な、謂わば製作者溝口の、人生に対する都会的なロマンチシズムの頂点の表現にあたって、あれ程単純に山路ふみ子の柄にはまった達者さだけを漲らしてしまわないでもよかった。おふみと芳太郎とが並んで懸合いをやる・・・ 宮本百合子 「「愛怨峡」における映画的表現の問題」
・・・兵士達云々と云っている林氏のロマンチシズムの横溢は、岡本かの子氏が昨今うたわれる和歌の或るものとともに、恐らく「神の子」たちの現実的な感情にとってはすぐ何のことか会得しかねる種類の修辞であろうと思われる。 尾崎士郎氏は名調子の感傷ととも・・・ 宮本百合子 「明日の言葉」
・・・日本に於てはロマンチシズムが今日どういう役割を果しているか、ということにさえ独特な相貌が現れているのである。 私の任務は、この興味ふかく又重大な今日の文学を語ることである。五十枚ほどの枚数の中に、果してよく描きつくせるであろうか。私の文・・・ 宮本百合子 「意味深き今日の日本文学の相貌を」
出典:青空文庫