・・・石垣の下にはコートのローラーが転がされてあった。自分はきょとんとした。 どこかで見ていた人はなかったかと、また自分は見廻して見た。垂れ下った曇空の下に大きな邸の屋根が並んでいた。しかし廓寥として人影はなかった。あっけない気がした。嘲笑っ・・・ 梶井基次郎 「路上」
数年前に「ボーヤ」と名づけた白毛の雄猫が病死してから以来しばらくわが家の縁側に猫というものの姿を見ない月日が流れた。先年、犬養内閣が成立したとおなじ日に一羽のローラーカナリヤが迷い込んで来たのを捕えて飼っているうち、ある朝・・・ 寺田寅彦 「ある探偵事件」
・・・これは言わば簡単なローラーであって、二つの反対に回る樫材の円筒の間隙に棉実を食い込ませると、綿の繊維の部分が食い込まれ食い取られて向こう側へ落ち、堅くてローラーの空隙を通過し得ない種子だけが裸にされて手前に落ちるのである。おもしろいのは、こ・・・ 寺田寅彦 「糸車」
・・・これを道路に敷くのだと見えて蒸気ローラーが向こうに見える。その煙突からいらだたしくジリジリと出る煙を見ても暑くて喉がかわく。道ばたを見るとそら色の朝顔が野生していた。…… 美しい緑の草原の中をまっかな点が動いて行くと思ったらインド人の頭・・・ 寺田寅彦 「旅日記から(明治四十二年)」
・・・ 私は又、実際、セコンドメイトが、私の眼の前に、眼の横ではいけない、眼の前に、奴のローラー見たいな首筋を見せたら、私の担いでいた行李で、その上に載っかっている、だらしのないマット見たいな、「どあたま」を、地面まで叩きつけてやろう! と考・・・ 葉山嘉樹 「浚渫船」
・・・階級性ぬきのものとしようとしてついに能動精神というモットーにおち、もう一段の悪情勢で、日本の文学がほとんどまったく侵略戦争のローラーにひしがれたということを、悲傷をもって経験している。プロレタリア文学の運動がはじまったころ、文学の純粋性を固・・・ 宮本百合子 「作家の経験」
出典:青空文庫