・・・そして一先ず、私の先生並よき友に送る雑信は終りになります。紐育へ帰ってから仕度いと思う仕事は何等かの結果を齎しますでしょうが、其を此次は何時お目に掛けられるやら、まだ未定なのでございます。 C先生 私は今此から深々と、此国の女性と、・・・ 宮本百合子 「C先生への手紙」
・・・地震は、相変らず時々来るが、火事はまかさ来まいと思い、荷作りなどをしないでも大丈夫だと、下の婆さんに云って一先ずガード下に地震をよけて居るうちに、五時頃、段々火の手が迫って来るので、大きな荷物を四つ持ち、鎌倉河岸に避難した。始めは、材木や何・・・ 宮本百合子 「大正十二年九月一日よりの東京・横浜間大震火災についての記録」
・・・けれども、一円が沢山なのは分るがどの位沢山なのか、買うとしたら何が買えるか、見当はつかず困ったような気になる。一先ずその金を母にあずけて置く。幾日か経って、「あのお金ある?」ときいた。「ありますよ」「だして見て」「どうす・・・ 宮本百合子 「百銭」
・・・石川は台所へ上って、「奥さん、あの人には私から親類になるようによく話しますからね、一先ずこんな物はしまって置きましょう」と云った。「親類になるまでに無くなるといけませんからね」 彼女は子供のように石川の後に跟いて台所と部屋と・・・ 宮本百合子 「牡丹」
・・・「レオニード・グレゴリウィッチにもお気の毒だから、一先ずお帰り、――これこの通り、騙しゃしない、半分だけ兎に角かえして置くから」 エーゴルはジェルテルスキー夫婦の前で卓子の端から端へ十円札を十五枚並べた。「いやです、あんたのてで・・・ 宮本百合子 「街」
・・・ 勿論此は、其の少年一人の仕事ではないのです、日本のように欧州から遠く離れて、今度の恐ろしい大戦争の苦しみを余り受けなかった国では、左程ではありませんが、私の居りました時分の米国では、一先ず大戦乱が終った後の始末で、非常に沢山の事業が計・・・ 宮本百合子 「私の見た米国の少年」
・・・外界の刺戟によって発動した自己の感激、意望というものを、一先ず、能う限り公正な謙虚な省察の鉄敷の上にのせ、容赦なく批判の力で鍛えて見る。いよいよこれに動きがないというところで、始めて主張するなら、飽くまでも主張するという、真に人をつくる練磨・・・ 宮本百合子 「われを省みる」
出典:青空文庫