・・・ 今ただ二つの音の連続だけでは旋律はできあがらないと同様に、ただ一対の長句と短句だけでは連句はできない。いろいろな音程が相次いで「進行」して始めて一つの旋律一つの節回しができ、そうすることによってそこにほとんど無際限な変化の自由が生ずる・・・ 寺田寅彦 「連句雑俎」
・・・即ち居家の道徳なれども、人間生々の約束は一家族に止まらず、子々孫々次第に繁殖すれば、その起源は一対の夫婦に出るといえども、幾百千年を経るの間には遂に一国一社会を成すに至るべし。既に社会を成すときは、朋友の関係あり、老少の関係あり、また社会の・・・ 福沢諭吉 「日本男子論」
・・・すぐ、小走りに襖の際まで姿を現し、ひょいひょいと腰をかがめ、正直な赫ら顔を振って黒い一対の眼で対手の顔を下から覗き込み乍ら「はい、はい」と間違なく、あとの二つを繰返す。―― 気の毒な老婆は、降誕祭の朝でも、彼女の返事を一つで止め・・・ 宮本百合子 「或る日」
・・・そこにやはりあちらでもそのような視線をもって周囲を眺めている一対の黒く若々しい眼が出会ったとき、単なる知り合い以上の共感が生じる。そして、やがて友情が芽生え、その友情はあらゆる真摯な人間関係がそうであるとおり、互の成長の足どりにつれて幾変転・・・ 宮本百合子 「異性の間の友情」
・・・若し、子を産む事のみが結婚の全的使命であり、価値であるならば、或場合、非常に相互の魂を啓発し、よき生活に導き合った一対の夫婦が、一人の子をも持たなかった場合、其等の人々の経た結婚生活の価値は如何う定められるべきなのだろう。 彼等の運・・・ 宮本百合子 「黄銅時代の為」
・・・ 父親の手に書かれた墓標はその上に立てられ親属の者におくられた榊の一対はその両側に植えられた。 四角く土をならし水を打ち莚を敷いて最後の式はスラスラとすんで仕舞った。 何と云うあっけない事だろう。 私の只った一人の妹は斯うし・・・ 宮本百合子 「悲しめる心」
・・・我々はふと、一人の老人の後について、一対の男女が開け放した入口から食堂に入って来るのを認めた。三人連れかと思ったがそうでもないらしい。老人は、彼等のところからは見えない反対の窓際に一人去った。二人は一寸食堂の中央に立ち澱んで四辺を見廻した後・・・ 宮本百合子 「三鞭酒」
・・・しかも漱石は、そのようにして自然に立った一対の男女に対していつも何かの形で加えられる烈しい復讐を見ている。男女のいきさつでは自然に立ったつもりでも遂に我が心に対して永遠の勝利者としては生きかねた一個の人間の運命が「こゝろ」の「先生」に描き出・・・ 宮本百合子 「漱石の「行人」について」
・・・ 例として、或る一対の若者を見出しましょう。彼等は互に愛しています。結婚すれば、自分達がより楽しく、より笑顔多く生活出来ることは分っているけれども、夫妻の生活を安全に支えて行くだけの収入が、男性の方にない。或は、まだ学生生活をしている。・・・ 宮本百合子 「男女交際より家庭生活へ」
・・・「彼等のこの数年間の同居生活は、鴛鴦のようだと云っていけなければ、一対の小さな雀のようであったと云えよう。」 ところが或る日のことであった。午砲の鳴る頃、春桃は、いつもの通り屑籠を背負ってとある市場へ来かかった。突然入口で「春桃、春桃!・・・ 宮本百合子 「春桃」
出典:青空文庫