・・・其第一撃が右の腕を斜に撲った。第二撃が其後頭を撲った。それがそこに何も支うるものがなかったならば怪我人は即死した筈である。棍棒は繁茂した桑の枝を伝いて其根株に止った。更に第三の搏撃が加えられた。そうして赤犬を撲殺した其棍棒は折れた。悪戯の犠・・・ 長塚節 「太十と其犬」
・・・されどもエクストンが背後より下せる一撃のためについに恨を呑んで死なれたと。ある者は天を仰いで云う「あらずあらず。リチャードは断食をして自らと、命の根をたたれたのじゃ」と。いずれにしてもありがたくない。帝王の歴史は悲惨の歴史である。 階下・・・ 夏目漱石 「倫敦塔」
・・・これ最も危険なる最も愉快なる場合にしてこの時の打者の一撃は実に勝負にも関すべく打者もし好球を撃たば二人の廻了を生ずることあり、もし悪球を撃たば三人ことごとく立尽に終ることさえあるなり。とにかく走者多き時は人は右に走り左に走り球は前に飛び後に・・・ 正岡子規 「ベースボール」
・・・の人々は、彼らの青春の祝福されるべき反逆性の頭上に一撃を加えられた。当時大逆事件と呼ばれたテロリストのまったく小規模な天皇制への反抗があらわれ、幸徳秋水などが死刑に処せられた。自由民権を、欽定憲法によってそらした権力は、この一つの小規模な、・・・ 宮本百合子 「現代の主題」
・・・妻とのせっぱつまった苦しい感情、父、弟からの人間として遠い感情、この一郎の暗澹とした前途をHさんは「一撃に所知を亡う」香厳の精神転換、或は脱皮をうらやむ一郎の心理に一筋の光明を托して、一篇の終りとしているのである。 漱石の女性観は、いわ・・・ 宮本百合子 「漱石の「行人」について」
・・・ 大地全体に、そして自分自身に、程よい一撃をくらわしてやりたくなる。そうしたら一部のものは、自分自身も、悦ばしい旋風のように動き出すだろう。ゴーリキイは、苦痛と期待との間で揺れる心で沈思するのであった。「此の自分を何とかしなければな・・・ 宮本百合子 「マクシム・ゴーリキイの伝記」
・・・ 何故、私共は、あらゆる過去を一撃の下に截り離して、空気と倶に翔ぶ事は出来ないのか、大らかに、自由に、はるばると……我友よ、何故私共は翔ぶ事が出来ないのか。 永遠な、過去と未来とを縦に貫く一線は、又、無辺在な左右を縫う他の一線と、此・・・ 宮本百合子 「無題」
・・・ 一撃を喰った感じで梶は高田と一緒にしばらく沈んだ。みな栖方の云ったことは嘘だったのだろうか。それとも、――彼を狂人にして置かねばならぬ憲兵たちの作略の苦心は、栖方のためかもしれないとも思った。「君、あの青年を僕らも狂人としておこう・・・ 横光利一 「微笑」
・・・その眼の内には一撃に私を打ち砕き私を恥じさせるある物がありました、――私の欠点を最もよく知って、しかも私を自分以上に愛している彼女の眼には。 私はすぐ口をつぐみました。後悔がひどく心を噛み始めました。人を裁くものは自分も裁かれなければな・・・ 和辻哲郎 「ある思想家の手紙」
出典:青空文庫