・・・時々後ろの方から牛が襲うて来やしまいかと恐れて後振り向いて見てはまた一散に食い入った。もとより厭く事を知らぬ余であるけれども、日の暮れかかったのに驚いていちご林を見棄てた。大急ぎに山を下りながら、遥かの木の間を見下すと、麓の村に夕日の残って・・・ 正岡子規 「くだもの」
・・・汽車はいくつもの沼ばたけをどんどんどんどんうしろへ送りながら、もう一散に走りました。その向こうには、たくさんの黒い森が、次から次と形を変えて、やっぱりうしろのほうへ残されて行くのでした。ブドリはいろいろな思いで胸がいっぱいでした。早くイーハ・・・ 宮沢賢治 「グスコーブドリの伝記」
・・・音は続き、それからバァッと表の方が鳴って何か石ころのようなものが一散に降って来たようすです。「お雷さんだ。」おじいさんが云いました。「雹だ。」お父さんが云いました。ガアガアッというその雹の音の向うから、「ホーォ。」ととなりの善コ・・・ 宮沢賢治 「十月の末」
・・・ 見まい、見まいとしても顔の見える恐ろしさに、私は激しい叫び声を立てて一散に逃げようとした。狭いところを抜けようとして頻りにする身きで、始めて夢が破れたのである。 半分眼が醒めかかっても、私は夢に覚えた悲しさを忘れ切れず、うっかりす・・・ 宮本百合子 「或日」
・・・ 私は、その雀が、何かに怯えて、一散に屋根へ戻った後、猶二掴三掴の粟を庭に撒いた。明日まだ靄のある暁のうち、彼等の仲間は、安心して此処におり、彼那におじけず、幾粒かの餌を拾うことが出来るだろう。・・・ 宮本百合子 「餌」
・・・ると、どんなに狡くころりと丸まって死んだ振りをするか、ややしばらくそれで様子を窺い、人間ならばそっと薄目でも開いて見るように――いや本当に魔性的な蜘蛛はそのくらいなことはやるかもしれない――折を狙って一散走りに遁走するか。一々を実際の目で見・・・ 宮本百合子 「この夏」
・・・何と云うわけもなくただおびやかされた様な気になって私は身ぶるいをした、そして、あけようとしたのをそのまんまぬき足に一間位あるいてあとは一散走りに走って内にかけ込んでホーッと息をついて白い眼をして後をふりっかえった。その日一のわだかまりのある・・・ 宮本百合子 「ひな勇はん」
出典:青空文庫