・・・ 先ず最初に胸に浮んだ趣向は、月明の夜に森に沿うた小道の、一方は野が開いて居るという処を歩行いて居る処であった。写実写実と思うて居るのでこんな平凡な場所を描き出したのであろう。けれども景色が余り広いと写実に遠ざかるから今少し狭く細かく写・・・ 正岡子規 「句合の月」
・・・向うの角を曲ろうとして、仔馬は急いで後肢を一方あげて、腹の蠅を叩きました。 童子は母馬の茶いろな瞳を、ちらっと横眼で見られましたが、俄かに須利耶さまにすがりついて泣き出されました。けれども須利耶さまはお叱りなさいませんでした。ご自分の袖・・・ 宮沢賢治 「雁の童子」
・・・しかし、これとても、一方では、食物につながった社会問題なのである。婦人の労働問題の合理的な解決が必要である一方に、食糧事情の民主的解決が緊急事となって来ている。 そのために、各種の現存の機構、組合にしろ、購買組合にしろ、それはどのように・・・ 宮本百合子 「合図の旗」
・・・然しそれ程の覚束ない事が、一方から見れば、是非共為遂げなくてはならぬ事である。そこで一行は先ず高崎と云う俵をほどいて見ることにした。 高崎では踪跡が知れぬので、前橋へ出た。ここには榎町の政淳寺に山本家の先祖の墓がある。九郎右衛門等はそれ・・・ 森鴎外 「護持院原の敵討」
・・・門出の時この匕首をこの身に下されて『のう、忍藻、おこととおれとは一方ならぬ縁で……やがておれが功名して帰ろう日はいつぞとはよう知れぬが、和女も並み並みの婦人に立ち超えて心ざまも女々しゅうおじゃらぬから由ない物思いをばなさるまい。その時までの・・・ 山田美妙 「武蔵野」
・・・同一の問題に真理が二つあり、一方を真理とすれば他の方が怪しく崩れ、二つを同時に真理とすれば、同時に二つが嘘となる。そして、この二つの中間の真理というものはあり得ないという数学上の排中律の苦しみは、栖方にとっては、父と母と子との間の問題に変っ・・・ 横光利一 「微笑」
・・・ しかし以上はただ一方からの観察である。現在の状況を基礎として考えればこうも見られるであろうが、希望を基礎として考えれば事情は非常に異なって来る。日本絵の具といえども胡粉を多量に使用することによって厚みや執着力を印象することは不可能であ・・・ 和辻哲郎 「院展遠望」
出典:青空文庫