・・・すると思いがけなく彼女の口から、兵衛らしい侍が松江藩の侍たちと一しょに、一月ばかり以前和泉屋へ遊びに来たと云う事がわかった。幸、その侍の相方の籤を引いた楓は、面体から持ち物まで、かなりはっきりした記憶を持っていた。のみならず彼が二三日中に、・・・ 芥川竜之介 「或敵打の話」
・・・ さて僕の最近の消息を兄に報じたついでに、もう一つお知らせするのは、僕がこの一月の「改造」に投じた小さな感想についてである。兄は読まなかったことと思うが「宣言一つ」というものを投書した。ところがこの論理の不徹底な、矛盾に満ちた、そして椏・・・ 有島武郎 「片信」
・・・たった時、君のやりそうなこったと思った。A 今でもやりたいと思ってる。たった一月でも可い。B どうだ、おれん処へ来て一緒にやらないか。可いぜ。そして飽きたら以前に帰るさ。A しかし厭だね。B 何故。おれと一緒が厭なら一人でや・・・ 石川啄木 「一利己主義者と友人との対話」
・・・大正十五年一月 泉鏡花 「絵本の春」
・・・予も腹のどん底を白状すると、お繁さんから今年一月の年賀状の次手に、今年の夏も是非柏崎へお越しを願いたい。今一度お目に掛って信仰上のお話など伺いたく云々とあったに動かされてきたと云ってもよい位だ。其に来て見れば、お繁さんが居ないのだから……。・・・ 伊藤左千夫 「浜菊」
・・・全滅後、死体の収容も出来んで、そのまま翌年の一月十二三日、乃ち、旅順開城後までほッとかれたんや。一月の十二三日に収容せられ、生死不明者等はそこで初めて戦死と認定せられ、遺骨が皆本国の聨隊に着したんは、三月十五日頃であったんや。死後八カ月を過・・・ 岩野泡鳴 「戦話」
・・・ 一月、二月とたつにつれて、ますますお母さんや、田舎のことが思い出されてなりません。「それにしても、どうしてお母さんから手紙がこないのだろう。病気で、ねておいでなさるのではないかしらん。」 こう思うと、母親思いの真吉はたまらなく・・・ 小川未明 「真吉とお母さん」
・・・いわゆる月足らずで、世間にありがちな生れだったけれど、よりによって生れる十月ほど前、落語家の父が九州巡業に出かけて、一月あまり家をあけていたことがあり、普通に日を繰ってみて、その留守中につくった子ではないかと、疑えば疑えぬこともない。それか・・・ 織田作之助 「アド・バルーン」
・・・ いよ/\敷金切れ、滞納四ヵ月という処から家主との関係が断絶して、三百がやって来るようになってからも、もう一月程も経っていた。彼はこの種を蒔いたり植え替えたり縄を張ったり油粕までやって世話した甲斐もなく、一向に時が来ても葉や蔓ばかし馬鹿・・・ 葛西善蔵 「子をつれて」
・・・そして来年の一月から同人雑誌を出すこと、その費用と原稿を月々貯めてゆくことに相談が定ったのです。私がAの家へ行ったのはその積立金を持ってゆくためでした。 最近Aは家との間に或る悶着を起していました。それは結婚問題なのです。Aが自分の欲し・・・ 梶井基次郎 「橡の花」
出典:青空文庫