・・・これは心の秤から見れば、云わば一毫を加えたほどの吊合いの狂いかもわかりませぬ。けれども数馬はこの依怙のために大事の試合を仕損じました。わたくしは数馬の怨んだのも、今はどうやら不思議のない成行だったように思って居りまする。」「じゃがそちの・・・ 芥川竜之介 「三右衛門の罪」
・・・それは利休に一毫のウソもなくて、利休の佳とし、おもしろいとし、貴しとした物は、真に佳なるもの、真におもしろい物、真に貴い物であったからである。利休の指点したものは、それが塊然たる一陶器であっても一度その指点を経るや金玉ただならざる物となった・・・ 幸田露伴 「骨董」
・・・彼軍人的教練なる者是に於て一毫の価値ある耶。 孔子曰く、自らなして直くんば千万人と雖も我往かんと。此意気精神、唯一文士ゾーラに見て堂々たる軍人に見ざるは何ぞや。 或は曰く、長上に抗するは軍人の為す可らざる事、且つ為すを得ざるの事也。・・・ 幸徳秋水 「ドレフュー大疑獄とエミール・ゾーラ」
・・・親の愛は実に純粋である、その間一毫も利害得失の念を挟む余地はない。ただ亡児の俤を思い出ずるにつれて、無限に懐かしく、可愛そうで、どうにかして生きていてくれればよかったと思うのみである。若きも老いたるも死ぬるは人生の常である、死んだのは我子ば・・・ 西田幾多郎 「我が子の死」
・・・我輩に於ても固より其野鄙粗暴を好まず、女性の当然なりと雖も、実際不品行の罪は一毫も恕す可らず、一毫も用捨す可らず。之が為めに男子の怒ることあるも恐るゝに足らず、心を金石の如くにして争うこそ婦人の本分なれ。女大学記者は是等の正論を目して嫉妬と・・・ 福沢諭吉 「女大学評論」
・・・ 我が慶応義塾の教育法は、学生諸氏もすでに知る如く、創立のその時より実学を勉め、西洋文明の学問を主として、その真理原則を重んずることはなはだしく、この点においては一毫の猶予を仮さず、無理無則、これ我が敵なりとて、あたかも天下の公衆を相手・・・ 福沢諭吉 「慶応義塾学生諸氏に告ぐ」
・・・常に汝らの挙動に注目して一毫も仮さず、鼓を鳴らしてその罪を責めんと欲する者なり。 人間処世の権理に公私の区別ありて、先ず私権を全うして然る後、公権の談に及ぶべしとの次第は、かつて『時事新報』の紙上にも記したることなるが、そもそもこの私権・・・ 福沢諭吉 「日本男子論」
・・・たとえば西洋各国相対し、日本と支那朝鮮と相接して、互に利害を異にするは勿論、日本国中において封建の時代に幕府を中央に戴て三百藩を分つときは、各藩相互に自家の利害栄辱を重んじ一毫の微も他に譲らずして、その競争の極は他を損じても自から利せんとし・・・ 福沢諭吉 「瘠我慢の説」
出典:青空文庫