・・・然しこの理髪師はニキビであろうが、何んであろうが、上から下へ一気に剃刀を使って、それをそり落してしまった。 俺がヒリ/\する頬を抑えていると、ニヤ/\笑いながら、「こゝは銀座の床屋じゃないんだからな。」 と云った。 ・・・ 小林多喜二 「独房」
・・・――と、この時今まで一口も云わずにいた上田のお母アが、皆が吃驚するような大きな声で一気にしゃべり出した。「んだとも! なア大川のおかみさん! おれ何時か云ってやろう、云ってやろうと思って待っていたんだが、お前さんとこの働き手や俺ンとこの一人・・・ 小林多喜二 「母たち」
・・・肉屋がそれを病犬の口もとへおきますと、犬はすぐにくびをのばして、ぺちゃぺちゃと、一気に半分ばかりのみほしました。そして、さもうれしそうに、くびをふりふりしました。もう一つの犬も口をつけてぴちゃぴちゃのみました。病犬は水を飲んだために、少しは・・・ 鈴木三重吉 「やどなし犬」
・・・甲府駅のまえまで、十五、六丁を一気に走ったら、もう、流石にぶったおれそうになった。電柱に抱きつくようにして寄りかかり、ぜいぜい咽喉を鳴らしながら一休みしていると、果して、私のまえをどんどん走ってゆく人たちは、口々に、柳町、望富閣、と叫び合っ・・・ 太宰治 「新樹の言葉」
・・・と猛然一撃、たちまち、三人を殴り倒し、残る者のひるむ隙に、さっさと走って峠を下った。一気に峠を駈け降りたが、流石に疲労し、折から午後の灼熱の太陽がまともに、かっと照って来て、メロスは幾度となく眩暈を感じ、これではならぬ、と気を取り直しては、・・・ 太宰治 「走れメロス」
・・・されるや、すぐさま仰向に寝ころがり、両脚を烈しくばたばたさせ、番頭の持って行った宿帳には、それでもちゃんと正しく住所姓名を記し、酔い覚めの水をたのみ、やたらと飲んで、それから、その水でブロバリン二百錠一気にやった模様である。 鶴の死骸の・・・ 太宰治 「犯人」
・・・そうして第八日第九日目を十分に休養した後に最後の第十日目に一気に頂上まで登る、という、こういうプランで遂行すれば、自分のような足弱でも大丈夫登れるであろう。 こんなことをいいながら星野の宿へ帰って寝た。ところがその翌日は両方の大腿の筋肉・・・ 寺田寅彦 「浅間山麓より」
・・・融通のきかぬ一本調子の趣味に固執して、その趣味以外の作物を一気に抹殺せんとするのは、英語の教師が物理、化学、歴史を受け持ちながら、すべての答案を英語の尺度で採点してしまうと一般である。その尺度に合せざる作家はことごとく落第の悲運に際会せざる・・・ 夏目漱石 「作物の批評」
・・・る、どうでしたと婆さんの問に敗余の意気をもらすらく車嘶いて白日暮れ耳鳴って秋気来るヘン 忘月忘日 例の自転車を抱いて坂の上に控えたる余は徐ろに眼を放って遥かあなたの下を見廻す、監督官の相図を待って一気にこの坂を馳け下りんとの野心あればな・・・ 夏目漱石 「自転車日記」
・・・ 題目の性質としては一気に読み下さないと、思索の縁を時々に切断せられて、理路の曲折、自然の興趣に伴わざるの憾はあるが、新聞の紙面には固より限りのある事だから、不都合を忍んで、これを一二欄ずつ日ごとに分載するつもりである。 この事情の・・・ 夏目漱石 「文芸の哲学的基礎」
出典:青空文庫