・・・日向で青島へ廻った日、鹿児島で一泊したその翌日、特に快晴で、私達は、世にも明るい日向、薩摩の風光を愛すことが出来た。五月九日という日づけにだまされ、二人とも袷の装であった。鹿児島市中では、樟の若葉の下を白絣の浴衣がけの老人が通るという夏景色・・・ 宮本百合子 「長崎の印象」
・・・箒川を見晴らせるところというので清琴楼に一泊した。いい月夜で、川では河鹿が鳴く、山が黒く迫って、瀬の音が淙々と絶えない。燈を消し、月あかりで目前の自然を眺めていると、余り所謂いい景色という型に嵌っていて、素直に心にうけとれない。妙な心持であ・・・ 宮本百合子 「夏遠き山」
・・・技師の家で一泊した翌朝、梶は栖方と技師と高田と四人で丘を降りていったとき、海面に碇泊していた潜水艦に直撃を与える練習機を見降ろしながら、技師が、「僕のは幾ら作っても作っても、落される方だが、栖方のは落とす方だからな、僕らは敵いませんよ。・・・ 横光利一 「微笑」
出典:青空文庫