・・・かようなものとして女性を求める心は、おしなべて第一流の人間の常則である。とりわけダンテにとってベアトリーチェは善の君、徳の華であった。 青春の黄金の日において、悪ズレのした、リアリスチックな女性侮蔑者であるほど悲しむべきことはない。まし・・・ 倉田百三 「学生と生活」
・・・ 私は、バルザックとドストエフスキーが流行しだしたという言葉をきいてその頃離京したのだが、いまでは、この世界第一流の作家もかえりみる者がすくなくなっているだろう。田舎で流行にはずれていると、バルザックや、ドストエフスキーや、トルストイは・・・ 黒島伝治 「田舎から東京を見る」
・・・が、この男はまだ芸術家になりきらぬ中、香具師一流の望に任せて、安直に素張らしい大仏を造ったことがある。それも製作技術の智慧からではあるが、丸太を組み、割竹を編み、紙を貼り、色を傅けて、インチキ大仏のその眼の孔から安房上総まで見ゆるほどなのを・・・ 幸田露伴 「鵞鳥」
・・・ば得ぬより権現の力を藉ろうとや、謙信が武勇優れるに似たり、と笑ったというが、どうして信玄は飯綱どころか、禅宗でも、天台宗でも、一向宗までも呑吐して、諸国への使は一向坊主にさせているところなど、また信玄一流の大きさで、飯綱の法を行ったかどうか・・・ 幸田露伴 「魔法修行者」
・・・自身その気で精進すれば、あるいは一流作家になれるかも知れない。この家の、足のわるい十七の女中に、死ぬほど好かれている。次女は、二十一歳。ナルシッサスである。ある新聞社が、ミス・日本を募っていたとき、あのときには、よほど自己推薦しようかと、三・・・ 太宰治 「愛と美について」
・・・なんにも作品残さなかったけれど、それでも水際立って一流の芸術家だったお兄さん。世界で一ばんの美貌を持っていたくせに、ちっとも女に好かれなかったお兄さん。 死んだ直後のことも、あれこれ書いてお知らせするつもりでありましたが、ふと考えてみれ・・・ 太宰治 「兄たち」
・・・ロシア映画ではただのどん百姓が一流の名優として現われる。アメリカふうのスター映画でさえも、画面に時々しか顔を出さないエキストラのタイプの選択いかんによって画面の効果は高調されあるいは減殺される。 背景となるべき一つの森や沼の選択に時には・・・ 寺田寅彦 「映画芸術」
・・・とえば家出して船乗りになった一人むすこからの最初の手紙が届いたときに、友だちの手前わざとふくれっ面をして見せたり、居間へ引っ込んでからあわててその手紙を読もうとしてめがねを落として割ったりする場面の彼一流の細かい芸は、臭みもあるかもしれない・・・ 寺田寅彦 「映画雑感(4[#「4」はローマ数字、1-13-24])」
・・・しかしこういう業つくばりの男の事故、芸者が好きだといっても、当時新橋第一流の名花と世に持囃される名古屋種の美人なぞに目をくれるのではない。深川の堀割の夜深、石置場のかげから這出す辻君にも等しい彼の水転の身の浅間しさを愛するのである。悪病をつ・・・ 永井荷風 「妾宅」
・・・現に芸妓というようなものは、私はあまり関係しないからして精しいことは知らんけれどもとにかく一流の芸妓とか何とかなるとちょっと指環を買うのでも千円とか五百円という高価なものの中から撰取をして余裕があるように見える。私は今ここにニッケルの時計し・・・ 夏目漱石 「道楽と職業」
出典:青空文庫