・・・ 舞踊と連句とも、やはりその音楽的要素においてかなりよく似た点があると思うのであるが、舞踊家も舞踊の研究者もいまだかつてこのわが国に特有な音楽的芸術としての連句に一瞥を与えようとしない。 近代のモンタージュ映画は次第に音楽的、連句的・・・ 寺田寅彦 「連句雑俎」
・・・ある時は三韓また或時は支那という風に大分外国の文化にかぶれた時代もあるでしょうが、長い月日を前後ぶっ通しに計算して大体の上から一瞥して見るとまあ比較的内発的の開化で進んで来たと云えましょう。少なくとも鎖港排外の空気で二百年も麻酔したあげく突・・・ 夏目漱石 「現代日本の開化」
・・・左れば生者が死者に対して情を尽すは言うまでもなく、懐旧の恨は天長地久も啻ならず、此恨綿々絶ゆる期なしと雖も、冥土人間既に処を殊にすれば、旧を懐うの人情を以て今に処するの人事を妨ぐ可らず。一瞥心機を転じて身外の万物を忘れ、其旧を棄てゝ新惟れ謀・・・ 福沢諭吉 「新女大学」
汽笛一声京城を後にして五十三亭一日に見尽すとも水村山郭の絶風光は雲煙過眼よりも脆く写真屋の看板に名所古跡を見るよりもなおはかなく一瞥の後また跡かたを留めず。誰かはこれを指して旅という。かかる旅は夢と異なるなきなり。出ずるに・・・ 正岡子規 「旅の旅の旅」
・・・彼女の一瞥一語は余の心を躍らしむ。余は彼女の面前にありて一種深奥なる悲哀を感ず。彼女のすべては余に美しく見ゆ。余は今に至るまで彼女を愛しき。されども今日は単に彼女を愛すてふそれにては余の心は不満を感ずるなり。さらば余は彼女を恋せるなるか。叱・・・ 宮本百合子 「「或る女」についてのノート」
・・・ その女学校の女先生が制服のように着ていたくすんだ紫の羽織をつけただけは同じだが、その脊ののびのびと高い、やや浅黒い、額の心持よく緊張した顔立ちの若い先生は、第一瞥から暖い心情的な感じで若い生徒たちを魅した。多い髪がいくらか重そうにゆっ・・・ 宮本百合子 「時代と人々」
・・・子守女のぶらぶらする様子や、店頭でこごんでたたきを掃いている小僧の姿などが、一瞥のうちに、暖い私的生活の雰囲気を感じさせた。 私は、大抵のとき、前に云った建築敷地の板囲いの前に自分を現した。山の手の住居の方から来る電車の停留場が其処にあ・・・ 宮本百合子 「小景」
・・・それに対して漠然直感されている各人の日頃からの感想というようなものも、その題への一瞥と同時に動かされて来るのを感じると思う。自分たちが嘗てはそのものであった学生、兄や弟や仲間たちが皆そうである学生、よろこんだり悲しんだり不幸をもったりして成・・・ 宮本百合子 「生態の流行」
・・・どの新聞の広告欄にでものっている婦人の求人欄を一瞥すればよくわかる。そして働く能力と意志のある男たちは、これも、日本のよりやすい賃銀で「使用」しうる産業予備軍として、ある歴史の段階に到るまでは労働者階級の負担とならないわけにはゆかなくさせら・・・ 宮本百合子 「戦争はわたしたちからすべてを奪う」
・・・ 最初の一瞥で、何とも云えず感じの深い而も充分威に満ちた先生の為人を感じた私は、歴史の試験で、年代などを忘れ変な答案を出すと、不思議に心苦しい思いをした。 先生が、試験の点どころか、恐らく学校の成績にさえ、拘泥して居られないことは解・・・ 宮本百合子 「弟子の心」
出典:青空文庫