・・・褌一筋だって、肌に着けてちゃ、螫られて睡られやしない、素裸でなくっちゃ……」 なるほど、そう言われて気をつけて見ると、誰も誰も皆裸で布団に裹まって、木枕の間から素肌が見えている。私も帯を解いて着物を脱いだ。よほど痒みも少なくて凌ぎよい。・・・ 小栗風葉 「世間師」
・・・旦那は藁一筋のことにでも目の変るような人だった。掃除が終っても、すぐごはんにならず、使いに走らされる。朝ごはんの前に使いに遣ると、使いが早いというのです。その代り使いから帰ると食べすぎるというので、香の物は恐しくまずく漬けてある。香の物がま・・・ 織田作之助 「アド・バルーン」
・・・ ――もともと出鱈目と駄法螺をもって、信条としている彼の言ゆえ、信ずるに足りないが、その言うところによれば、彼の祖父は代々鎗一筋の家柄で、備前岡山の城主水野侯に仕えていた。 彼の五代の祖、川那子満右衛門の代にこんなことがあった……。・・・ 織田作之助 「勧善懲悪」
・・・ 戸数五百に足らぬ一筋町の東の外れに石橋あり、それを渡れば商家でもなく百姓家でもない藁葺き屋根の左右両側に建ち並ぶこと一丁ばかり、そこに八幡宮ありて、その鳥居の前からが片側町、三角餅の茶店はこの外れにあるなり。前は青田、青田が尽きて塩浜・・・ 国木田独歩 「置土産」
・・・ 自分は小山にこの際の自分の感情を語りながら行くと、一条の流れ、薄暗い林の奥から音もなく走り出でまた林の奥に没する畔に来た。一個の橋がある。見るかげもなく破れて、ほとんど墜ちそうにしている。『下手な画工が描きそうな橋だねエ』と自分は・・・ 国木田独歩 「小春」
・・・ これでこの一条の談は終りであるが、骨董というものに附随して随分種の現象が見られることは、ひとりこの談のみの事ではあるまい。骨董は好い、骨董はおもしろい。ただし願わくはスラリと大枚な高慢税を出して楽みたい。廷珸や正賓のような者に誰しも関・・・ 幸田露伴 「骨董」
・・・旧い街道の跡が一筋目につくところまで進んで行くと、そこはもう私の郷里の入り口だ。途中で私は森さんという人の出迎えに来てくれるのにあった。森さんは太郎より七八歳ほども年長な友だちで、太郎が四年の農事見習いから新築の家の工事まで、ほとんどいっさ・・・ 島崎藤村 「嵐」
・・・向いの、縞のようになった山畠に烟が一筋揚っている。焔がぽろぽろと光る。烟は斜に広がって、末は夕方の色と溶けてゆく。 女の人も自分のそばへ寄って等しく外を見る。山畠のあちらこちらを馬が下りる。馬は犬よりも小さい。首を出してみると、庭の松の・・・ 鈴木三重吉 「千鳥」
・・・私の下宿のすぐ裏が、小さい公園で、亀の子に似た怪獣が、天に向って一筋高く水を吹上げ、その噴水のまわりは池で、東洋の金魚も泳いでいる。ペエトル一世が、王女アンの結婚を祝う意味で、全国の町々に、このような小さい公園を下賜せられた。この東洋の金魚・・・ 太宰治 「女の決闘」
・・・代赭色を帯びた円い山の背を、白いただ一筋の道が頂上へ向って延びている。その末はいつとなく模糊たる雲煙の中に没しているのが誘惑的である。ちょっと見ると一と息で登れそうな気がするが、上り口の立て札には頂上まで五時間を要し途中一滴の水もないと書い・・・ 寺田寅彦 「浅間山麓より」
出典:青空文庫