・・・故郷へ発程までに、もう一遍御一緒に来て下さいよ、後生ですから」「もう一遍」と、西宮は繰り返し、「もう、そんな間はないんだよ」「えッ。いつ故郷へ立発んですッて」と、吉里は膝を進めて西宮を見つめた。「新橋の、明日の夜汽車で」と、西宮・・・ 広津柳浪 「今戸心中」
・・・火葬にも種類があるが、煉瓦の煙突の立っておる此頃の火葬場という者は棺を入れる所に仕切りがあって其仕切りの中へ一つ宛棺を入れて夜になると皆を一緒に蒸焼きにしてしまうのじゃそうな。そんな処へ棺を入れられるのも厭やだが、殊に蒸し焼きにせられると思・・・ 正岡子規 「死後」
・・・実は私はその日までもし溺れる生徒ができたら、こっちはとても助けることもできないし、ただ飛び込んでいって一緒に溺れてやろう、死ぬことの向う側まで一緒についていってやろうと思っていただけでした。全く私たちにはそのイギリス海岸の夏の一刻がそんなに・・・ 宮沢賢治 「イギリス海岸」
・・・、騒々しいので、もう少し静かなところにしたいと思って先日も探しに行ったのですが、私はどちらかというと椅子の生活が好きな方で、恰度近いところに洋館の空いているのを見つけ私の注文にはかなった訳ですが、私と一緒にいる友達は反対に極めて日本室好みで・・・ 宮本百合子 「愛と平和を理想とする人間生活」
・・・「いや、余は暫くお前と一緒に眠れば良い」 ナポレオンはルイザの肩に手をかけた。ルイザはナポレオンの腕から戦慄を噛み殺した力強い痙攣を感じながら、二つの鐶のひきち切れた緞帳の方へ近寄った。そこには常に良人の脱さなかった胴巻が蹴られたよ・・・ 横光利一 「ナポレオンと田虫」
・・・明治三十九年の三月に中学を卒業して、初めて東京に出てくる時にも一緒の汽車であった。中央大学の予備科に一、二か月席を置いたのも一緒であった。それが九月からは四高と一高とに分かれて三年を送り、久しぶりにまた逢うようになったときに、最初に話して聞・・・ 和辻哲郎 「初めて西田幾多郎の名を聞いたころ」
出典:青空文庫