今まで、紅葉山人の全集をすっかり読んだ事がなかった。 こないだ叔父の処へ行って二冊ばかり借りて来て、初めて、四つ五つとつづけて読んで居る内にフト気づいた事がある。 それは、一葉全集をよんで感じたと同じ事である。・・・ 宮本百合子 「紅葉山人と一葉女史」
・・・新しい明治がその中にどんな古さをもっていたかということは樋口一葉の小説にも現れている。一葉の傑作「たけくらべ」は、たしかに美しいと思う。雅俗折衷のああいう抒情的な一葉の文章も古典の一つの典型をなしている。 樋口一葉は二十五歳の若さでなく・・・ 宮本百合子 「女性の歴史」
明治二十年代の日本のロマンティシズムの流れの中からは、藤村、露伴をはじめいろいろの作家が生れたわけだけれども、樋口一葉は、その二十五年の生涯が短かっただけに、丁度この時代のロマンティシズムが凝って珠玉となったような「たけく・・・ 宮本百合子 「人生の風情」
・・・ 藤村の『若菜集』引きつづいて翌三十一年の春出版された『一葉舟』『夏草』、第四詩集である『落梅集』などが、当時の若い人々の感情をうごかし捉えた力というものは、今日私達の想像以上のものがあったらしい。日露戦争の後、日本に自然主義文学の運動・・・ 宮本百合子 「藤村の文学にうつる自然」
・・・上野の図書館には、明治の前半期に樋口一葉がよく通った。一葉日記に、ここは屡々出て来る。その頃、おそらく一人か二人しかいなかったであろう女子の閲覧人は、どういうところで読んだり勉強したりしていたのであったろうか。私の記憶にあるはじめの婦人閲覧・・・ 宮本百合子 「図書館」
・・・こんなことを毎日くりかえしてものうい夏にそぐわぬ力のない日を送って居る内に、もう、桐の葉の一葉又一葉凋落の秋をさとすように落ちはじめた。「もう秋ですものネー、春の御宴の時からもう冬をこせば一年になりますもの」 人達は今更のようにこん・・・ 宮本百合子 「錦木」
・・・一葉だの、ワイルドだのの影響があった。母が或る時土産に二冊本をくれた。アラン・ポウの傑作集だった。以来、時々これで本をお買いと一円か二円くれた。女学校の四年ごろからロシヤ文学に熱中しだした。トルストイが最も自分を捕えた。西洋史で・・・ 宮本百合子 「年譜」
・・・樋口一葉をとって見ましょう。一葉は明治の初め、自然主義が起ろうとする頃、それに対抗して活溌な文芸批評などを行っていた森鴎外を先頭とし、若い島崎藤村その他によって紹介されたヨーロッパのロマンティシズムの影響をうけながら、一葉自身がもっていた日・・・ 宮本百合子 「婦人の創造力」
・・・さらに、樋口一葉がそれに向って彼女の小説の中で非組織的な小市民的反抗を自然発生的に示した、明治のブルジョア官僚=官員はほとんどことごとく階級層においては革命的農民と対立した地主的勢力の取巻き志士団のくずれであったこと、故にひろく衆をあつめる・・・ 宮本百合子 「文学に関する感想」
・・・ 樋口一葉の「たけくらべ」は吉原という独特な環境にある少年少女の稚い恋を描いた近代古典として有名であるし、まぎれもなく明治二十年末のロマンティシズムの生んだ文学の一つの高峯である。けれど、そこにある美は全く感性的な情趣的なもので、主題は・・・ 宮本百合子 「若き精神の成長を描く文学」
出典:青空文庫