・・・ 無銭で乗せてもらっての一語は偶然にその実際を語ったのだろうが、自分の耳に立って聞えた。お相撲さんというのは、当時奥戸の渡船守をしていた相撲上りの男であったのである。少年の談の中には裏面に何か存していることが明白に知られた。 そうか・・・ 幸田露伴 「蘆声」
・・・ 当時若しゾーラをして黙して己ましめんか、彼れ仏国の軍人は遂に一語を出すなくしてドレフューの再審は永遠に行われ得ざりしや必せり。彼等の恥なく義なく勇なきは、実に市井の一文士に如かざりき。彼軍人的教練なる者是に於て一毫の価値ある耶。 ・・・ 幸徳秋水 「ドレフュー大疑獄とエミール・ゾーラ」
・・・言葉は、アアとかダアとか言うきりで一語も話せず、また人の言葉を聞きわける事も出来ない。這って歩いていて、ウンコもオシッコも教えない。それでいて、ごはんは実にたくさん食べる。けれども、いつも痩せて小さく、髪の毛も薄く、少しも成長しない。 ・・・ 太宰治 「桜桃」
・・・川部という駅で五能線に乗り換えて十時頃、五所川原駅に着いた時には、なんの事はない、わからない津軽言葉なんて一語も無かった。全部、はっきり、わかるようになっていた。けれども、自分で純粋の津軽言葉を言う事が出来るかどうか、それには自信がなかった・・・ 太宰治 「帰去来」
・・・の韜晦の一語がひょいと顔を出さなければならぬ事態に立ちいたり、かれ日頃ご自慢の竜頭蛇尾の形に歪めて置いて筆を投げた、というようなふうである。私は、かれの歿したる直後に、この数行の文章に接し、はっと凝視し、再読、三読、さらに持ち直して見つめた・・・ 太宰治 「狂言の神」
・・・ この一語はかれの神経を十分に刺戟した。 「もう始まったですか」 「聞こえんかあの砲が……」 さっきから、天末に一種のとどろきが始まったそうなとは思ったが、まだ遼陽ではないと思っていた。 「鞍山站は落ちたですか」 「・・・ 田山花袋 「一兵卒」
・・・要するに教育事業を救うの道はただ一語で「もっと眼に浮ぶようにする」という事である。出来る限りは知識が体験がにならねばならない。この根本方針は未来の学校改革に徹底させるべきものである。」 大学あたりの高等教育についてはあまり立入った話はし・・・ 寺田寅彦 「アインシュタインの教育観」
・・・何万ボルトの電撃という一語であらゆるサージの形を包括していた。放電間隙と電位差と全荷電とが同じならばすべてのスパークは同じとして数えられた。すなわちわれわれはやはり量を先にして質をあとにしていたのであった。このある日の経験は私に有益であった・・・ 寺田寅彦 「量的と質的と統計的と」
・・・ 昭和の日本人は秋晴れの日、山に遊ぶことを言うにハイキングとやら称する亜米利加語を用いているが、わたくしの如き頑民に言わせると、古来慣用せられた登高の一語で足りている。 その年陰暦九月十三夜が陽暦のいつの日に当っていたか、わたくしは・・・ 永井荷風 「十九の秋」
・・・話しながら絶えず身体をゆすぶり、一語一語に手招ぎするような風に手を動す癖がある。見馴れるに従ってカッフェーの女らしいところはいよいよなくなって、待合か日本料理屋の女中のような気がしてくるのであった。「お民、お前、どこか末広のような所にい・・・ 永井荷風 「申訳」
出典:青空文庫