・・・「まあ、それで爺穢いのなら、お仙なぞもなるべく爺穢くさせたいものでございますね……あの、お仙やお前さっきの小袖を一走り届けておいでな、ついでに男物の方の寸法を聞いて来るように」「は、じゃ行って来ましょう……姉さん、ゆっくり談していら・・・ 小栗風葉 「深川女房」
・・・名物なれど喰うこともならず、みやげにもならず、うれしからぬものなりと思いながら、三の戸まで何ほどの里程かと問いしに、三里と答えければ、いでや一走りといきせき立て進むに、峠一つありて登ることやや長けれども尽きず、雨はいよいよ強く面をあげがたく・・・ 幸田露伴 「突貫紀行」
・・・とにかく、銭湯まで一走り。湯槽に、からだを沈ませて、ゆっくり考えてみると、不愉快になって来た。どうにも、むかむかするのである。私が、おとなしく昼寝をしていて、なんにもしないのに、蜂が一匹、飛んで来て、私の頬を刺して、行った。そんな感じだ。全・・・ 太宰治 「新樹の言葉」
・・・ 厨子王は十歩ばかり残っていた坂道を、一走りに駆け降りて、沼に沿うて街道に出た。そして大雲川の岸を上手へ向かって急ぐのである。 安寿は泉の畔に立って、並木の松に隠れてはまた現われる後ろ影を小さくなるまで見送った。そして日はようやく午・・・ 森鴎外 「山椒大夫」
出典:青空文庫