・・・片意地ではない、家のためだとはいうけれど、疳がつのってきては何もかもない、我意を通したい一路に落ちてしまう。怒って呆れて諦めてしまえばよいが、片意地な人はいくら怒っても諦めて初志を捨てない。元来父はおとよを愛していたのだから、今でもおとよを・・・ 伊藤左千夫 「春の潮」
・・・前進一路、人類の目的を達せんとするのが、即ち革命であり、また人類の飛躍ではあるのです。そして、同じく責任を感じ、志を共にするものゝみが、新しい世界を創生する。 社会運動に、芸術運動に、また宗教運動に、同じ人類の胸に打つ心臓の響きに変りが・・・ 小川未明 「芸術は革命的精神に醗酵す」
・・・小鳥梢に囀ず。一路人影なし。独り歩み黙思口吟し、足にまかせて近郊をめぐる」同二十二日――「夜更けぬ、戸外は林をわたる風声ものすごし。滴声しきりなれども雨はすでに止みたりとおぼし」同二十三日――「昨夜の風雨にて木葉ほとんど揺落せり。稲・・・ 国木田独歩 「武蔵野」
・・・同じ汽車にて本庄まで行き、それより児玉町を経て秩父に入る一路は児玉郡よりするものにて、東京より行かんにははなはだしく迂なるが如くなれども、馬車の接続など便よければこの路を取る人も少からず。上州の新町にて汽車を下り、藤岡より鬼石にかかり、渡良・・・ 幸田露伴 「知々夫紀行」
・・・思いで居られるこの機を逃さず、素知らぬ顔をして話題をかえ、ひそかに冷汗拭うて思うことには、ああ、かのドアの陰いまだ相見ぬ当家のお女中さんこそ、わが命の親、この笑いの波も灯のおかげ、どうやら順風の様子、一路平安を念じつつ綱を切ってするする出帆・・・ 太宰治 「喝采」
・・・つね日頃より貴族の出を誇れる傲縦のマダム、かの女の情夫のあられもない、一路物慾、マダムの丸い顔、望見するより早く、お金くれえ、お金くれえ、と一語は高く、一語は低く、日毎夜毎のお念仏。おのれの愛情の深さのほどに、多少、自負もっていたのが、破滅・・・ 太宰治 「創生記」
・・・ 一路、生活の、謂わば改善に努力して、昨今の私は、少し愚かしくさえなっている。行動は、つねに破綻の形式を執る。かならず一方に於いて、間抜けている。完璧は、静止の形として、発見されることが多い。それとも、目にとまらぬ早さで走るか、そのいず・・・ 太宰治 「春の盗賊」
・・・例えば、山本有三氏の労作「真実一路」と数年前に書かれた「女の一生」などとを比べると、この作者の進歩性が陥っている今日のスランプの客観的・主観的な性質が手にとるように感じられる。「真実一路」において作者は、力一杯に今を生きることを人間の真実の・・・ 宮本百合子 「今日の文学の展望」
・・・ 山本有三の「真実一路」もやはり真摯に生きてゆく意図は自覚されながらその具体的な見透しとしての方向や方法がはっきりしないで、目前の事象と必要との中に一生懸命な自分を打込むという姿で主題は途切らされている作品である。人生的な態度をもった作・・・ 宮本百合子 「昭和の十四年間」
・・・山本有三氏に「真実一路」という小説がある。これの映画は多くの女を泣かせた。そして検閲料免除になった。だが、あの小説を読んだ真面目な読者は、作者が告げようとしている「真実」の内容が具体的にはっきりしていないことに、苦痛を感じたのであった。青野・・・ 宮本百合子 「全体主義への吟味」
出典:青空文庫