・・・その後方に一輪車が取り付けられ、そうして三つの輪の中央のサドルに腰をかけた人がペダルを踏んで推進する仕掛けになっている。座席に腰かけた人の右手にハンドルがあってそれをぐるぐる回すとチェーンギアーで車台の下のほうの仕掛けがどうにかなるようにで・・・ 寺田寅彦 「藤棚の陰から」
・・・街を歩いている支那の商人や、一輪車に乗って行く支那婦人の服装。辻々に立っている印度人の巡査が頭に巻いている布や、土耳古人の帽子などの色彩。河の上を往来している小舟の塗色。これに加うるに種々なる不可解の語声。これらの色と音とはまだ西洋の文学芸・・・ 永井荷風 「十九の秋」
・・・ ペムペルがキャベジの太い根を截ってそれをはたけにころがすと、ネリは両手でそれをもって水いろに塗られた一輪車に入れるのだ。そして二人は車を押して黄色のガラスの納屋にキャベジを運んだのだ。青いキャベジがころがってるのはそれはずいぶん立派だ・・・ 宮沢賢治 「黄いろのトマト」
・・・ 合間合間に、小さい子供が一輪車に片脚をのせて転って行った。女の子達が、毬を持って、街路樹のかげで喋っている。子守女のぶらぶらする様子や、店頭でこごんでたたきを掃いている小僧の姿などが、一瞥のうちに、暖い私的生活の雰囲気を感じさせた。・・・ 宮本百合子 「小景」
出典:青空文庫