・・・わざと丁寧にこう云って、相手は溝端からちょっと高い街道にあがった。「そんな法はねえ。そりゃあ卑怯だ。おれはまるで馬鹿にされたようなものだ。銭は手めえが皆取ってしまったじゃないか。もっとやれ。」ツァウォツキイの声は叫ぶようであった。 ・・・ 著:モルナールフェレンツ 訳:森鴎外 「破落戸の昇天」
・・・戸の外で己は握手して覚えず丁寧に礼をした。 暫くしてから海面の薄明りの中で己はエルリングの頭が浮び出てまた沈んだのを見た。海水は鈍い銀色の光を放っている。 己は帰って寝たが、夜どおしエルリングが事を思っていた。その犯罪、その生涯の事・・・ 著:ランドハンス 訳:森鴎外 「冬の王」
・・・それは当人も気づいていて、「おれは日本語の丁寧な言葉ってものを一つも知らないんだよ。だから日本から来たヘル・ドクトルの連中に初めて逢って口をきくと、みんな変な顔をするんだ」と言っていたことがある。この純一君と話しているうちに、漱石の話がたび・・・ 和辻哲郎 「漱石の人物」
出典:青空文庫