・・・ 生まれて初めて自分が教わったと思われる書物は、昔の小学読本であって、その最初の文句が「神は天地の主宰にして人は万物の霊なり」というのであった。たぶん、外国の読本の直訳に相違ないのであるが、今考えてみるとその時代としては恐ろしい危険思想・・・ 寺田寅彦 「読書の今昔」
・・・ 華厳経に万物相関の理というのが説いてあるそうである。誠に宇宙は無限大でその中に包含する万象の数は無限である。しかしてこれらは互いになんらかの交渉を有せぬものはない。風が吹いて桶屋が喜ぶという一場の戯談もあながち無意義な事ではない。厳密・・・ 寺田寅彦 「方則について」
・・・受けてこれを読むに、けだし近時英国の碩学スペンサー氏の万物の追世化成の説を祖述し、さらに創意発明するところあり。よってもってわが邦の制度文物、異日必ずまさになるべき云々の状を論ず。すこぶる精微を極め、文辞また婉宕なり。大いに世の佶屈難句なる・・・ 中江兆民 「将来の日本」
・・・つまりはスペースと云うものがあって、万物はその中に、各、ある席を占めている。次に今日の演説は一時から始まります。そうしていつ終るか分りませんが、まあいつか終るでしょう。大概は日が暮れる前に終る事と思います。私がこうやって好加減な事をしゃべっ・・・ 夏目漱石 「文芸の哲学的基礎」
・・・鶏とぶたは真実鳥獣なるが故に、五母二母孰れか妻にして孰れか妾なるや其区別もなく、又その間に嫉妬心も見えず権利論も起らざるが如くなれども、万物の霊たる人間は則ち然らず、人倫の大本として夫婦婚姻を契約したる其婦人が、配偶者の狂乱破約を見て不平な・・・ 福沢諭吉 「女大学評論」
・・・第七、脩心学 人は万物の霊なり。性の善なる、もとより論をまたず。脩心学とはこの理に基き、是非曲直を分ち、礼義廉節を重んじ、これを外にすれば政府と人民との関係、これを内にすれば親子夫婦の道、一々その分限を定め、その職分を立て、・・・ 福沢諭吉 「学校の説」
・・・世人が毎度いう通りに、まさしく人は万物の霊にして、生まれ落ちし始めより、種類も違い、階級にも斯くまで区別のあることなれば、その仕事にもまた区別なかるべからず。人に恵まれたる物を食らいて腹を太くし、あるいは駆けまわり、あるいは噛み合いて疲るれ・・・ 福沢諭吉 「家庭習慣の教えを論ず」
・・・一瞥心機を転じて身外の万物を忘れ、其旧を棄てゝ新惟れ謀るは人間大自在の法にして、我輩が飽くまでも再縁論を主張する由縁なり。殊に男女の再縁は世界中の普通なるに、独り我日本国に於ては之を男子に自由にして女子に窮窟にす。自から両者対等の権力に影響・・・ 福沢諭吉 「新女大学」
中津留別の書 人は万物の霊なりとは、ただ耳目鼻口手足をそなえ言語・眠食するをいうにあらず。その実は、天道にしたがって徳を脩め、人の人たる知識・聞見を博くし、物に接し人に交わり、我が一身の独立をはかり、我が一家の・・・ 福沢諭吉 「中津留別の書」
・・・動物たる人類の情において然りといえども、人類をして他の動物の上に位して万物の霊たらしむる所以のものは、この親愛に兼ねて恭敬の誠あるに由るのみ。これを通俗にいえば、夫婦の間、相互いに隔てなくして可愛がるとまでにては未だ禽獣と区別するに足らず。・・・ 福沢諭吉 「日本男子論」
出典:青空文庫