・・・それで、もしも映画のトリックによって一人の男が三井寺の鐘を引きちぎって軽々と片手でさし上げれば、その男は異常な怪力をもっているように見えるのである。また、大きな岩と見えるものが墜落して来て、その下敷きになって一人の人間が隠れればその人はほん・・・ 寺田寅彦 「映画の世界像」
・・・左に近く大津の町つらなりて、三井寺木立に見えかくれす。唐崎はあの辺かなど思えど身地を踏みし事なければ堅田も石山も粟津もすべて判らず。九つの歳父母に従うて東海道を下りし時こゝの水楼にはやの塩焼の骨と肉とが面白く離るゝを面白がりし事など思い出し・・・ 寺田寅彦 「東上記」
・・・ また、戦国の世にはすべて武人多くして、出家の僧侶にいたるまでも干戈を事としたるは、叡山・三井寺等の古史に徴して知るべし。社会の公議輿論、すなわち一世の気風は、よく仏門慈善の智識をして、殺人戦闘の悪業をなさしめたるものなり。右はいずれも・・・ 福沢諭吉 「徳育如何」
・・・指南車を胡地に引き去るかすみかな閣に坐して遠き蛙を聞く夜かな祇や鑑や髭に落花を捻りけり鮓桶をこれへと樹下の床几かな三井寺や日は午に逼る若楓柚の花や善き酒蔵す塀の内耳目肺腸こゝに玉巻く芭蕉庵採蓴をうたふ彦根・・・ 正岡子規 「俳人蕪村」
・・・僕は法隆寺の壁画や高野の赤不動、三井寺の黄不動の類を拉しきたって現在の日本画を責めるような残酷をあえてしようとは思わない。しかし大和絵以後の繊美な様式のみが伝統として現代に生かされ、平安期以前の雄大な様式がほとんど顧みられていないことは、日・・・ 和辻哲郎 「院展遠望」
出典:青空文庫