・・・贅沢三昧の生活をしていながら、生きているのがいやになって、自殺を計った事もありました。何が何やら、わからぬ時代でありました。大軟派といっても、それは形ばかりで、女性には臆病でした。ただ、むやみに、気取ってばかりいるのです。女の事で、実際に問・・・ 太宰治 「小さいアルバム」
・・・私は無智驕慢の無頼漢、または白痴、または下等狡猾の好色漢、にせ天才の詐欺師、ぜいたく三昧の暮しをして、金につまると狂言自殺をして田舎の親たちを、おどかす。貞淑の妻を、犬か猫のように虐待して、とうとう之を追い出した。その他、様々の伝説が嘲笑、・・・ 太宰治 「東京八景」
・・・ 回教徒が三十日もの間毎日十二時間の断食をして、そうして自分の用事などは放擲して礼拝三昧の陶酔的生活をする。こういう生活は少なくとも大多数の日本の都人士には到底了解のできない不思議な生活である。 ベナレスの聖地で難行苦行を生涯の唯一・・・ 寺田寅彦 「映画雑感(3[#「3」はローマ数字、1-13-23])」
・・・暑いも寒いも、夜の更けるのも腹の減るのも一切感じないかと思われるような三昧の境地に入り切っている人達を見て、それでちっとも感激し興奮しないほどにわれわれの若い頭はまだ固まっていなかったのである。 大学へはいったらぜひとも輪講会に出席する・・・ 寺田寅彦 「科学に志す人へ」
・・・後者のままごと式の野営生活もたしかに愉快でもありまたいろいろな意味で有益ではあろうが、しかし、前者の体験する三昧の境地はおそらく王侯といえども味わう機会の少ないものであって、ただ人類の知恵のために重い責任を負うて無我な真剣な努力に精進する人・・・ 寺田寅彦 「小浅間」
・・・単になるべく沢山の鳥を殺して猟嚢を膨らませるという目的ならとにかく、獲物と相対してそれに肉薄する緊張が加速度的に増大しつつ最後に頂点に到達するまでの「三昧」の時間に相当の長さのあることだけから見てもこれは決してそれほどつまらないものではない・・・ 寺田寅彦 「鴫突き」
・・・蘭学の先駆者たちがたった一語の意味を判読し発見するまでに費やした辛苦とそれを発見したときの愉悦とは今から見れば滑稽にも見えるであろうが、また一面には実にうらやましい三昧の境地でもあった。それに比べて、求める心のないうちから嘴を引き明けて英語・・・ 寺田寅彦 「読書の今昔」
・・・少し背中を猫背に曲げて、時々仰向いたり、軽くからだを前後に動かしたりしているのがいかにも自由な心持ちでそして三昧にはいっているようなふうに見えた。他の多くの演奏者と対比した時にいっそう何かしら全くちがったいい感じがした。 まっ黒なピアノ・・・ 寺田寅彦 「二十四年前」
・・・ところが、ある夏の日に友人と二人で郊外の某旗亭へ行ってそこで半日寝ころがって蜩の声を聞きながら俳諧三昧をやった。日が暮れて帰ろうとしていたら階下で音楽が始まった。ラジオの放送音楽である。聞いてみるとそれはハイドンのトリオであった。こんな閑寂・・・ 寺田寅彦 「ラジオ雑感」
・・・「戯作三昧」その他、芥川龍之介の作品には歴史的な人物を主人公としたり、古い物語のなかに描かれている人物をかりた作品が多い。 大体、大正初頭、鴎外が歴史小説に手を染めはじめた時分から数年間、日本の文学に歴史的な材料を扱った作品が多くあらわ・・・ 宮本百合子 「鴎外・芥川・菊池の歴史小説」
出典:青空文庫