・・・ ミスラ君は手を挙げて、二三度私の眼の前へ三角形のようなものを描きましたが、やがてその手をテエブルの上へやると、縁へ赤く織り出した模様の花をつまみ上げました。私はびっくりして、思わず椅子をずりよせながら、よくよくその花を眺めましたが、確・・・ 芥川竜之介 「魔術」
・・・西手な畑には、とうもろこしの穂が立ち並びつつ、実がかさなり合ってついている、南瓜の蔓が畑の外まではい出し、とうもろこしにもはいついて花がさかんに咲いてる。三角形に畝をなした、十六角豆の手も高く、長い長いさやが千筋に垂れさがっている。家におっ・・・ 伊藤左千夫 「紅黄録」
・・・三方岡を囲らし、厚硝子の大鏡をほうり出したような三角形の小湖水を中にして、寺あり学校あり、農家も多く旅舎もある。夕照りうららかな四囲の若葉をその水面に写し、湖心寂然として人世以外に別天地の意味を湛えている。 この小湖には俗な名がついてい・・・ 伊藤左千夫 「春の潮」
・・・ 雪催いの曇った空に、教会堂のとがった三角形の屋根は、黒く描き出されていました。そして、かたわらの小さな家から、ちらちらと灯がもれていました。年子は、刹那の後に展開する先生との楽しき場面を想像して、胸をおどらしながら入ってゆきました。・・・ 小川未明 「青い星の国へ」
・・・と怪しげなる薄鼠色の栗のきんとんを一ツ頬張ったるが関の山、梯子段を登り来る足音の早いに驚いてあわてて嚥み下し物平を得ざれば胃の腑の必ず鳴るをこらえるもおかしく同伴の男ははや十二分に参りて元からが不等辺三角形の眼をたるませどうだ山村の好男子美・・・ 斎藤緑雨 「かくれんぼ」
・・・このときの思い出だけは、霞が三角形の裂け目を作って、そこから白昼の透明な空がだいじな肌を覗かせているようにそんな案配にはっきりしている。祖母は顔もからだも小さかった。髪のかたちも小さかった。胡麻粒ほどの桜の花弁を一ぱいに散らした縮緬の着物を・・・ 太宰治 「玩具」
・・・顔面に対してかなり大きな角度をして突き出た三角形の大きな鼻が眼に付く。 アインシュタインは「芸術から受けるような精神的幸福は他の方面からはとても得られないものだ」と人に話したそうである。ともかくも彼は芸術を馬鹿にしない種類の科学者である・・・ 寺田寅彦 「アインシュタイン」
・・・その喜びの中には相似三角形に関する測量的認識の歓喜が籠っている。」「物理学の初歩としては、実験的なもの、眼に見えて面白い事の外は授けてはいけない。一回の見事な実験はそれだけでもう頭の蒸餾瓶の中で出来た公式の二十くらいよりはもっと有益な場・・・ 寺田寅彦 「アインシュタインの教育観」
・・・買いに行った店にはゴムのかかとのが無かったのでそのかわりに、かかとの一隅に小さな三角形の鉄片を打ちつけたのをなんの気なしに買って来た。それで、古いほうの靴は近所の靴屋へ直しにやって、そうしてこの新しいのをおろしてはいて玄関から一歩踏み出して・・・ 寺田寅彦 「試験管」
・・・しばらくして見に行って見ると、芝生の上にはねずみがかじったように、三角形や、片かなや、ローマ字などが表われていた。九歳になる女の子は裁縫用の鋏で丁寧に一尺四方ぐらいの部分を刈りひらいて、人差し指の根もとに大きなかわいい肉刺をこしらえていた。・・・ 寺田寅彦 「芝刈り」
出典:青空文庫