・・・これまで彼は父母の意に従って高等学校に入るべき準備をしていた時でも、三角に対する冷淡は画に対する熱心といつも両極をなしていた。さらにさかのぼって、彼の小学校にある時すら彼は画のみを好んでおったのを自分は知っている。この少年に向かって父母は医・・・ 国木田独歩 「小春」
・・・ 薄筵の一端を寄せ束ねたのを笠にも簑にも代えて、頭上から三角なりに被って来たが、今しも天を仰いで三四歩ゆるりと歩いた後に、いよいよ雪は断れるナと判じたのだろう、「エーッ」と、それを道の左の広みの方へかなぐり捨てざまに抛って了った・・・ 幸田露伴 「雪たたき」
・・・私は御免蒙って二階へ上り、蚊帳を三角に釣って寝てしまいました。言い争うような声が聞えたので眼を覚まし、窓の方を見ると、佐吉さんは長い梯子を屋根に立てかけ、その梯子の下でお母さんと美しい言い争いをして居たのでありました。今夜、揚花火の結びとし・・・ 太宰治 「老ハイデルベルヒ」
・・・クリスマスのお祭りの、紙の三角帽をかぶり、ルパンのように顔の上半分を覆いかくしている黒の仮面をつけた男と、それから三十四、五の痩せ型の綺麗な奥さんと二人連れの客が見えまして、男のひとは、私どもには後向きに、土間の隅の椅子に腰を下しましたが、・・・ 太宰治 「ヴィヨンの妻」
・・・死人の額に三角の紙がはられて、それに『シ』の字が書かれてあるように、女類の額には例外無く、金の『カ』の字を書いた三角の紙が、ぴったりはられているんだよ。」「死ぬというんです。わかれたら、生きておれないと言うんです。何だか、薬を持っている・・・ 太宰治 「女類」
・・・こうすれば、言葉と白墨の線とによって、大きさや角度や三角函数などの概念を注ぎ込むよりも遥かに早く確実に、おまけに面白くこれらの数学的関係を呑み込ませる事が出来る。一体こういう学問の実際の起原はそういう実用問題であったではないか。例えばタレー・・・ 寺田寅彦 「アインシュタインの教育観」
・・・このいたずらを利用したものの例としては三角測量の際に遠方の三角点から光の信号を送るへリオトロープがあり、その他色々な光束が色々の信号に使われるのは周知のことである。自分の子供の時分に屋内の井戸の暗い水底に薬鑵が沈んだのを二枚の鏡を使って日光・・・ 寺田寅彦 「異質触媒作用」
・・・買いに行った店にはゴムのかかとのが無かったのでそのかわりに、かかとの一隅に小さな三角形の鉄片を打ちつけたのをなんの気なしに買って来た。それで、古いほうの靴は近所の靴屋へ直しにやって、そうしてこの新しいのをおろしてはいて玄関から一歩踏み出して・・・ 寺田寅彦 「試験管」
・・・その他四角だろうが三角だろうが幾何的に存在している限りはそれぞれの定義でいったん纏めたらけっして動かす必要もないかも知れないが、不幸にして現実世の中にある円とか四角とか三角とかいうもので過去現在未来を通じて動かないものははなはだ少ない。こと・・・ 夏目漱石 「現代日本の開化」
・・・パヴィースと云うて三角を倒まにして全身を蔽う位な大きさに作られたものとも違う。ギージという革紐にて肩から釣るす種類でもない。上部に鉄の格子を穿けて中央の孔から鉄砲を打つと云う仕懸の後世のものでは無論ない。いずれの時、何者が錬えた盾かは盾の主・・・ 夏目漱石 「幻影の盾」
出典:青空文庫