・・・悪魔はアントニオ上人にも、ああ云う幻を見せたではないか? その証拠には今日になると、一度に何人かの信徒さえ出来た。やがてはこの国も至る所に、天主の御寺が建てられるであろう。」 オルガンティノはそう思いながら、砂の赤い小径を歩いて行った。・・・ 芥川竜之介 「神神の微笑」
・・・もし筆者の言をそのまま信用すれば「ふらんしす上人さまよえるゆだやびとと問答の事」は、当時の天主教徒間に有名な物語の一つとして、しばしば説教の材料にもなったらしい。自分は、今この覚え書の内容を大体に亘って、紹介すると共に、二三、原文を引用して・・・ 芥川竜之介 「さまよえる猶太人」
「浅草の永住町に、信行寺と云う寺がありますが、――いえ、大きな寺じゃありません。ただ日朗上人の御木像があるとか云う、相応に由緒のある寺だそうです。その寺の門前に、明治二十二年の秋、男の子が一人捨ててありました。それがまた生れ年は勿論、名・・・ 芥川竜之介 「捨児」
・・・ しかし怪しげな、国家主義の連中が、彼らの崇拝する日蓮上人の信仰を天下に宣伝した関係から、樗牛の銅像なぞを建設しないのは、まだしも彼にとって幸福かもしれない。――自分は今では、時々こんなことさえ考えるようになった。・・・ 芥川竜之介 「樗牛の事」
・・・ 伝え聞く、摩耶山とうりてんのうじ夫人堂の御像は、その昔梁の武帝、女人の産に悩む者あるを憐み、仏母摩耶夫人の影像を造りて大功徳を修しけるを、空海上人入唐の時、我が朝に斎き帰りしものとよ。 知ることの浅く、尋ぬること怠るか、はたそれ詣・・・ 泉鏡花 「一景話題」
・・・卯の花のたえ間をここに音信るるものは、江戸座、雪中庵の社中か、抱一上人の三代目、少くとも蔵前の成美の末葉ででもあろうと思うと、違う。……田畝に狐火が灯れた時分である。太郎稲荷の眷属が悪戯をするのが、毎晩のようで、暗い垣から「伊作、伊作」「お・・・ 泉鏡花 「開扉一妖帖」
・・・がらりと気を替えて、こうべ肉のすき焼、ばた焼、お望み次第に客を呼んで、抱一上人の夕顔を石燈籠の灯でほの見せる数寄屋づくりも、七賢人の本床に立った、松林の大広間も、そのままで、びんちょうの火を堆く、ひれの膏をにる。 この梅水のお誓は、内の・・・ 泉鏡花 「燈明之巻」
・・・「お上人様。」 裾冷く、鼻じろんだ顔を上げて、「――母の父母、兄などが、こちらにお世話になっております。」「おお、」と片足、胸とともに引いて、見直して、「これは樹島の御子息かい。――それとなくおたよりは聞いております。何・・・ 泉鏡花 「夫人利生記」
・・・……いいえ、お上人よりか、檀家の有志、県の観光会の表向きの仕事なんです。お寺は地所を貸すんです。」「葬った土とは別なんだね。」「ええ、それで、糸塚、糸巻塚、どっちにしようかっていってるところ。」「どっちにしろ、友禅のに対するなん・・・ 泉鏡花 「縷紅新草」
・・・ 日蓮は工藤吉隆の法華経のための殉教を賞めて、大僧の礼をもって葬り、日玉上人の法名を贈った。鏡忍房の墓には「手向ノ松」を植えた。 日蓮はこの法難によって、経に符合する意味で法華経の行者としての自信を得た。「日蓮は日本第一の法華経の行・・・ 倉田百三 「学生と先哲」
出典:青空文庫