・・・のお内儀さんは昔から笑い上戸だった。「あはは……。ぜんざい屋になったね」「一杯五円、甘おまっせ。食べて行っとくれやす」「よっしゃ」「どないだ、おいしおますか。よそと較べてどないだ? 一杯五円で値打おますか」「ある。甘いよ・・・ 織田作之助 「神経」
・・・が普通なるわざと三角にひねりて客の目を惹かんと企みしようなれど実は餡をつつむに手数のかからぬ工夫不思議にあたりて、三角餅の名いつしかその近在に広まり、この茶店の小さいに似合わぬ繁盛、しかし餅ばかりでは上戸が困るとの若連中の勧告もありて、何は・・・ 国木田独歩 「置土産」
・・・ フランスの国歌は、なおつづき、夫は話しながら泣いてしまって、それから、てれくさそうに、無理にふふんと笑って見せて、「こりゃ、どうも、お父さんは泣き上戸らしいぞ。」 と言い、顔をそむけて立ち、お勝手へ行って水で顔を洗いながら、・・・ 太宰治 「おさん」
・・・五尺七寸の毛むくじゃらの男が、大汗かいて、念写する女性であるから笑い上戸の二、三の人はきっと腹をかかえて大笑いするであろう。私自身でさえ、少し可笑しい。男の読者のほとんど全部が、女性的という反省に、くるしめられた経験を、お持ちであろう。けれ・・・ 太宰治 「女人創造」
・・・ 三 三上戸 あるビルディングの二階にある某日本食堂へ昼飯を食いに上がった。デパートの休日でない日はそれほど込み合っていない。 室内を縦断する通路の自分とは反対側の食卓に若い会社員らしいのが三人、注文したうなぎど・・・ 寺田寅彦 「三斜晶系」
・・・お職女郎の室は無論であるが、顔の古い幅の利く女郎の室には、四五人ずつ仲のよい同士が集ッて、下戸上戸飲んだり食ッたりしている。 小万はお職ではあり、顔も古ければ幅も利く。内所の遣い物に持寄りの台の数々、十畳の上の間から六畳の次の間までほと・・・ 広津柳浪 「今戸心中」
出典:青空文庫