・・・そのほか発句も出来るというし、千蔭流とかの仮名も上手だという。それも皆若槻のおかげなんだ。そういう消息を知っている僕は、君たちさえ笑止に思う以上、呆れ返らざるを得ないじゃないか?「若槻は僕にこういうんだ。何、あの女と別れるくらいは、別に・・・ 芥川竜之介 「一夕話」
・・・泳ぎの上手なMも少し気味悪そうに陸の方を向いていくらかでも浅い所まで遁げようとした位でした。私たちはいうまでもありません。腰から上をのめるように前に出して、両手をまたその前に突出して泳ぐような恰好をしながら歩こうとしたのですが、何しろひきが・・・ 有島武郎 「溺れかけた兄妹」
・・・黒い筒袖を着ている腕が、罪人の頭の上へ、金属で拵えた、円いのようなものを持って来て、きちょうめんに、上手に、すばやく、それを頸の隠れるように、すっぽり被せる。 その時フレンチは変にぎょろついて、自分の方を見ているらしい罪人の目を、最後に・・・ 著:アルチバシェッフミハイル・ペトローヴィチ 訳:森鴎外 「罪人」
・・・御覧なさい、あなたがお仕事が上手になると、望もかなうし、そうやってお身体も輝くのに、何が待遠くって、道ならぬ心を出すんです。 こうして私と将棊をさすより、余所の奥さんと不義をするのが望なの?」 衝と手を伸して、立花が握りしめた左の拳・・・ 泉鏡花 「伊勢之巻」
・・・おとよさんは百姓の仕事は何でも上手で強い。にこにこしながら手も汚さず汗も出さず、綽々として刈ってるが、四把と五把との割合をもってより多く刈る。省作は歯ぎしりをかんで競うて見ても、おとよさんにかけてはほとんど子供だ。おとよさんは微笑で意を通じ・・・ 伊藤左千夫 「隣の嫁」
・・・と云って歎いてもどうしようもないので小吟の逃げたあとを人をおっかけさせたけれ共女ながらも上手ににげてどうしてもその行方がわからない。人々は「女ながら中々上手に逃げたものだ」と云いあって居た。そしてどうもしようがないので小吟のみつかるまではと・・・ 著:井原西鶴 訳:宮本百合子 「元禄時代小説第一巻「本朝二十不孝」ぬきほ(言文一致訳)」
・・・五つ六つの時から踊りが上手なんで、料理屋や待合から借りに来るの。『はい、今晩は』ッて、澄ましてお客さんの座敷へはいって来て、踊りがすむと、『姉さん、御祝儀は』ッて催促するの。小癪な子よ。芝居は好きだから、あたいよく仕込んでやる、わ」 吉・・・ 岩野泡鳴 「耽溺」
・・・かつ淡島屋の身代は先代が作ったので、椿岳は天下の伊藤八兵衛の幕僚であっても、身代を作るよりは減らす方が上手で、養家の身代を少しも伸ばさなかったから、こういう破目となると自然淡島屋を遠ざかるのが当然であって、維新後は互に往来していても家族的関・・・ 内田魯庵 「淡島椿岳」
・・・わたくしはこれまで武器というものを手にした事がありませんから、あなたのお腕前がどれだけあろうとも、拳銃射撃は、わたくしよりあなたの方がお上手だと信じます。 そこでわたくしはあなたに要求します。それは明日午前十時に、下に書き記してある停車・・・ 著:オイレンベルクヘルベルト 訳:森鴎外 「女の決闘」
・・・そして、外国でオルガンを習ったり、ピアノを聞いたりして、たいそう自分が音楽が上手になって、人々からほめられたような夢を見ておおいに喜ぶと、夢がさめて驚いたことがありました。 * * * * * 初夏のある・・・ 小川未明 「赤い船」
出典:青空文庫