・・・恋の灼熱が通って、徳の調和に――さらに湖のような英知と、青空のような静謐とに向かって行くことは最も望ましい恋の上昇である。幾ら上って行ってもそのひろがりは詩と理想と光との世界である。平板な、散文の世界ではない。それがいのちというものの純粋持・・・ 倉田百三 「女性の諸問題」
・・・気温、上昇。雲形、層、層積、巻層、巻積。よし。それで自分は小高い山の上にある長野の測候所を出た。善光寺から七八町向うの質屋の壁は白く日をうけた。庭の内も今は草木の盛な時で、柱に倚凭って眺めると、新緑の香に圧されるような心地がする。熱い空気に・・・ 島崎藤村 「朝飯」
・・・同様にして、芸術が上昇せんが為には、矢張り或る抵抗のお蔭に頼ることが出来なければなりません。」なんだか、子供だましみたいな論法で、少し結論が早過ぎ、押しつけがましくなったようだ。 けれども、も少し我慢して彼のお話に耳を傾けてみよう。ジイ・・・ 太宰治 「鬱屈禍」
・・・そうして頂上の峠の海抜九百五十メートルまで、実に四百五十メートルの高さをわずかの時間の間に客車の腰掛に腰かけたままで上昇する。そうして普通の上空気温低下率から計算しても約摂氏五度ほどの気温降下を経験する。それで乗客の感覚の上では、恰度かなり・・・ 寺田寅彦 「浅間山麓より」
・・・特に美濃近江の国境の連山は、地形の影響で、上昇気流を助長し、雪雲の生成を助長するのであろう。 また伊吹山観測所で霧を観測した日数を調べてみると、四か年間の平均で、冬季三か月間につき七六、八日となっている。つまり冬じゅうの約八割五分は伊吹・・・ 寺田寅彦 「伊吹山の句について」
・・・おつたがなんべんとなく茂兵衛を呼び止めるのがいったいならくどくしつこく感ぜられるはずであるが、ここでは呼び止める一度一度に心理的の展開があって情緒の段階的な上昇があるから繰り返しがかえって生きてくるのである。これはもちろん原作のいいためもあ・・・ 寺田寅彦 「映画雑感(3[#「3」はローマ数字、1-13-23])」
・・・そうして更に面白いことには、良い論文を落第させればさせるほど、あたかもその審査員並びにその属する学団の品位が上昇するかのごとき感じを局外者に与えるらしく思い込まれる場合もあるようである。生徒に甘い点をつける先生は甘く見え、辛い点をつけるほど・・・ 寺田寅彦 「学位について」
・・・ていたから、今に噴煙の頭が出現するだろうと思ってしばらく注意して見守っていると、まもなく特徴ある花甘藍形の噴煙の円頂が山をおおう雲帽の上にもくもくと沸き上がって、それが見る見る威勢よく直上して行った。上昇速度は目測の結果からあとで推算したと・・・ 寺田寅彦 「小爆発二件」
・・・ 上昇気流のために生ずる積雲が、下降気流その他の原因で消滅した跡には、これらの凝縮核の集合した層が取り残される。地上から仰いで見てはよく分らないが、飛行機でその層を横にすかして見ると、それが明らかな層をなして棚引き、いわゆる「塵の地平線・・・ 寺田寅彦 「塵埃と光」
・・・その結果として、底面に直接触れていた水はほとんど全部この幅の狭い上昇部に集注され、ほとんど拡散することなくして上昇する。もし器底に一粒の色素を置けば、それから発する色づいた水の線は器底に沿うて走った後にこの上昇流束の中に判然たる一本の線を引・・・ 寺田寅彦 「とんびと油揚」
出典:青空文庫